197手間
六つの恐らくその全てが小部屋であろう通路の先。
七つ目の扉を開くとそこは梯子が掛かるだけの、部屋とすら呼べないほどの小さな空間があった。
梯子の長さは目測なのではあるが、最初にこの地下空間に入った時にあった梯子と同じ位か少し長い程度。
上は蓋がしてあるのか真っ暗だが、そこで終わっているのがはっきりと見て取れるので、予想外に長いということは無いだろう。
「先に登って様子を見てくるのじゃ、多分じゃが外につながってると思うのでな」
「わかりました、それでは…あ…いえダーシュ、ここで一緒に魔物が万が一来ないか見張りましょう」
「え? 別に魔物に梯子登る知恵なんて無いだろうし、大丈夫だろう?」
「駄目だ、万が一梯子が壊されたらどうする」
「お…おう…」
丁寧な口調に戻っていたカルンの、ご主人様の時の様な強い口ぶりにダーシュが思わず後ずさる。
ダーシュもワシもそこまで強く言う必要は無いのではと思うものの、言っている事は確かにその通りなので首肯する。
ギシギシと軋む梯子ではあるが大きく撓むこと無く、ワシを一番上まで連れて行ってくれた。
案の定梯子の先は蓋がしてあり、それは石製のかなり頑丈で重そうなものだった。
少し押してみた結果、予想に違わずかなりの重量があるそれに、先にカルンやダーシュをやらなくてよかったと一人ため息をつく。
もしそうしていたらワシと交代するため態々また梯子を降りて登ってという事を繰り返さねば為らなかったところだ。
梯子は登ってみたところ、大方建物の二階か三階分ほどの距離はあったので、疲れはしないが何度もとなると面倒になる。
そんな事を思いつつ蓋を持ち上げる手に力を入れると、ミシリと嫌な音が一瞬するが石の蓋が動き出したことでそちらに意識を向ける。
あの男の口ぶりからして仲間と呼べるような者は居ないと思うが、魔物や見張りが居ても困るので少しだけ外が伺える程度の隙間を開けて様子を見る。
「誰も…おらんようじゃの」
耳を澄ましてみても何者かの足音も、人の話し声も聞こえず風が吹く音だけが耳に入る。
「ふんっ」と力を込めて蓋を押し上げれば意外なほどあっけなく蓋はその役目を終えて梯子がある穴の側へと横たわる。
「カルンやー、大丈夫そうなのじゃー」
「分かりました、僕達もすぐ登ります」
「うむ、少し周りの様子を伺ってくるのじゃ」
言葉通りあたりを見回すと、人工物ではなく岩か何かで覆われていたので洞窟かと思ったが。
岩と岩の隙間から差し込む光に照らされている範囲を見て、複数の岩が組み合わさった場所に出来た隙間なのでは無いのかと当たりをつける。
歩いた距離を考えてもそこまで町から距離は離れていないだろうし、洞窟が出来るほどの山は町がある山々以外に無さそうなので当たらずとも遠からずだろう。
「よっと…ここは何処でしょうかね」
「ふぅ…さて……町中にこんな感じの場所は無いし外なのは明らかだが」
「ワシも流石に外は見ておらんからの」
「では行きましょうか」
「蓋はどうする?」
「そのままでよかろう、それなりに重さがあったからのぉ、また動かすとなると面倒じゃ」
「セルカさんが重いと言うなら相当でしょうね…」
カルンの言い分に少し納得がいかないが、事実重かったので黙っておく。
外に出ると久方ぶりに感じる陽の光に思わず顔を顰め、辺りを見回せば少し離れたところに防壁が見る。
意外と近いところに大胆なものだと一人感心するが、そうもいかない者が一人。
「こんな近くに脱走出来る場所があったなんて…」
「確かにそうじゃが…ここはあの男用の出入り口の様じゃし犯罪奴隷が逃げた事は無いんじゃなかろうかの」
「そうかもしれないが…はぁ…仕方ないしばらくはこの辺りの捜索に力を入れるか」
「他がないとは言えぬし、それがよいじゃろうの」
ダーシュは余計な仕事を増やしやがってとぼやくが、素早く衛兵隊長としての顔へと戻るとワシらへ向き直る。
「とりあえず俺は町に戻った後は、皆に此処と中の検分を頼んでから一先ずの報告を町長に伝えに行く。門を抜けたら二人は自由にしてもらっても構わない、疲れただろうし宿に戻ってゆっくり休んでくれ」
「うむ、そうさせてもらおうかの」
「それと今回の報酬で町長のところに行くことになると思うが…」
「ワシは遠慮させてもらうのじゃ」
「分かった、遅くとも数日中には話が行くと思うからそれまでは町に滞在しててくれ」
「わかったのじゃ」
町に戻ったワシらはダーシュにカルンとの本当の関係は他言無用と釘を刺し、今日のところはそこで解散となった。
解散して早々に宿へと戻ると体についた土埃などを落とし、寝台へと体に預け少し今後のことについて目を閉じて考える。
地下で会ったあの男は次の目的地である北の方にある町から来たかもしれない。
あちらは聖堂の影響が強いと言うし…大小あれどあの男の様な思想の者が多いかと思うと陰鬱な気分となる。
「ジョーンズは今頃どうしておるかの…」
「さぁ…僕達と反対方向に進んでますし…早ければこの町か次の町で合流できるんじゃないですかね」
「そうじゃといいのぉ…」
ジョーンズにはこの町に寄ることは伝えてある、お互い主要な街道以外は通らないことにしているので道中行き違うということも無いはずだ。
「ワシは…ジョーンズの報告を聞いたら戻ろうと思うのじゃが…」
「それはまたどうして…?」
「北の方は聖堂の影響が強いと聞いたであろう?」
「えぇ、前の町の酒場でそんな話を聞きましたね」
「じゃから、あの男ほど苛烈な者は少ないじゃろうが…あんなのがいっぱいおると思うとのぉ…」
「……たしかに…それは僕も我慢が出来ないかもしれません…」
「じゃろう? ワシとしてはこの領に住む獣人には悪いと思うのじゃが、ワシらの領にちょっかいを出してくる気配も無いしの手を引いていいと思うのじゃ」
奴隷と言ってもそこまで惨たらしい扱いを受けているわけでも無いので、それぞ是正する必要もない。
と言うよりもそれをする手段も力もない、獣人狩りという非人道的な事が行われているのも確か…。
しかし、この世界に人権侵害なんて言葉もないし擁護団体も保護団体も存在しない。
それに獣人は元々ヒューマンよりもよっぽど過酷な環境にいるので、理不尽な死にも慣れている。
魔獣や魔物という絶対的な敵対者が居るので、突然の死と言うものはある意味当たり前のものなのだ。
今後のことを考えながら、この町にいる数日中にジョーンズが来てくれないかな、なんて事を考えながら寝台に身を預け寝息を立て始めるのだった…。




