197手間
ダーシュと男を残し部屋を出るとまたもや通路だった。
しかし、今までのようにまるで坑道の様な長い通路ではなく、走ったらそう数える間もなく次の扉へとつくほどの短さだ。
そして通路の両面には片側に三つほど合計六つの扉があり、まるで坑道跡に造ったホテルかなにかの様にも感じる。
奥に見える扉と今背後にある扉の周りは石壁で補強してあるのだが。
両脇にある通路は土にそのまま扉が嵌められており、簡易というか手抜きと言うか他の部屋と違う感じがする。
しかし…蹴り飛ばしたら簡単に外れそうな扉なのに、六つ全てに閂がかけられている。
「突然扉が増えたのぉ…」
「扉と扉の間隔は短いですし、中は小さな倉庫が沢山とか…ですかね?」
「倉庫であれば大きいのを一つ二つで良さそうなものじゃが…それにしても嫌な臭いじゃのぉ」
「臭い…ですか? うーん、土とかカビの臭いはしますけど…」
「ふむ…」
この通路に入ったときから漂う、なんと表現すればよいのだろうか…怨み辛みを煮詰めて腐らした様な鼻につく臭い。
結構強烈な臭いなのだが、もしかしたらものすごく少ない臭気でも、ワシの鼻ではそう感じてしまう程のものなのだろうか。
これは確実に六つの扉、通路の奥にあるものも含めれば、七つの扉の先にその原因があるのは明らか。
「開けたくないのぉ…」
「そんなに臭いです?」
「うむ…今ばかりはヒューマンの鼻が羨ましいのじゃ」
少し遠い目をしていると背後の扉がギィっと軋んで開く。
後始末をしたにしては早すぎるので警戒して振り向くと、そこには少し困惑した顔のダーシュが立っていた。
「早かったの」
「あぁ…」
「どうしたのじゃ? 何とも煮え切らぬ態度じゃが」
「暴れられても困るから気絶させてからにしたんだけどな…魔獣みたいにドロドロに溶けちまったんだよ」
「ふむ…奴の話を考えるに少なくない穢れたマナに触れておったようじゃし、既に人として死ねぬほどに体の中に溜まっておったのじゃろうな」
「あれだな…普通なら犯罪奴隷でも死ねば世界樹の御下に還るのだからと、最期だけはその死を哀れむんだけどな…けれど今回ばっかりは」
「蔑んでおった魔物と成り果てて朽ちる、人を人とも思わぬあやつの所業を思えば因果応報というものじゃ」
あの男の所業を思い出したのか、ダーシュは深いため息を吐いた。
人として死ねぬあの男を思ってのため息か知らないが、犯罪奴隷…死刑囚みたいな奴らとは言えそれに対して人体実験を繰り返した
挙句の果てにはその実験結果を使って大量殺人を行おうとしていた、そんな男どう考えたってまともに死ねるわけがない。
ドロドロに溶けるのは魔獣の特徴だが、あえて言葉尻から獣人と同じ様に嫌ってる風に感じた魔物と表現してやった。
「いんがおーほう?」
「んーむぅ…ふむ、善い行いにをする者は善い事が悪い行いをする者には悪い事が起こるそう言った意味の言葉じゃの」
「なるほど、因果応報…戒めにも励ましにも使える良い言葉ですね」
「悪因悪果のほうが良かったかのぉ…」
「・・・?」
ワシとカルンが話している内に持ち直したのか、「よし」とダーシュが一言呟いて深呼吸一つ気合を入れていた。
「それではとりあえず、この通路の閂がかかっておる扉を開けていこうかの」
「またセルカさんが開けますか?」
「いや、ワシは離れておく! 開けるのはまかせたのじゃ!!」
「えっ?でもまだ中にまだ魔物が居たらどうするんだ?」
「多分大丈夫じゃ物音はせぬ、というわけでダーシュ頼んだのじゃ!」
「…わかった」
怪訝そうだが仕方ないかと言った顔でダーシュが頷くが、ワシの行動の意味に気が付いたのかカルンも少し扉から距離を置く。
すまぬダーシュ…君の犠牲は忘れない!
「じゃあ開けるぞー」
閂に手をかけ扉が開かれた瞬間、中から先程とは比べ物にならない臭気が襲ってきて思わず鼻を押さえる。
「うわっ…なんだこの臭い……これは…なん…」
「カルン、ワシむり、みてきてみてきて」
「わ、わかりました」
中を見たであろうダーシュは固まっているので、臭いに少し顔を顰めているカルンに頼んで中を見てもらう。
「これは…」
「どうした、どうしたのじゃ?」
「えっと見てもらったほうが…」
「無理じゃ!」
「えっと…半身がドロドロになっている人の…死体…でしょうか」
「なるほど、ここで、やっておった、ようじゃの…わかった早う閉めておくれ」
「しかしくっさ…まさかこれ知ってて開けるの変わったな?」
「文句を言うでない! 臭いの一言で済むようなものがワシには無理なものになるのじゃ!!」
ダーシュが扉を閉め何故ここに来て、ワシが扉を開けさせたかに気付いて文句を言ってくる。
扉を閉めたことで幾分か臭いがマシになった気がするが、それでもまだまだ鼻につく臭いに涙目になってダーシュに反論する。
「まぁまぁ、獣人は僕達ヒューマンより鼻がいいですから」
「むっ…むぅ…」
やはりドワーフという他種族と常に暮らしているからか、種族の違いに納得はしたものの腑に落ちぬと言った顔でダーシュが一先ず矛を収める。
「ふぅ…この調子だと他の扉も似たような惨状じゃろうな…」
「どうする? 全部確認するか?」
「それはお主ら衛兵に任せるのじゃ! ワシらは一刻も早くこの先を調べるのじゃ!」
この臭い場所に居たくないと返事も聞かず、通路の奥にある扉を開く。
開けた瞬間、この先も似たような事になっている可能性もあったのだが。
幸いそんなことはなく、小さな空間に梯子がぽつんとかかっているだけだった。
「ふむ? どうやら出口のようじゃの…」
まっすぐに伸びる梯子の先は暗く、蓋をされているのか…それとも新たな部屋につながっているのか。
しかし…そんな事はどうでもいい、さっさとこの臭いから逃げたいと一人梯子の先へと向かうのだった…。




