192手間
先程押した感触からそれなりに丈夫そうな扉だったので、最初から全力で力を篭める。
一瞬金属の悲鳴が聞こえたかと思った瞬間、扉の周辺の固定するために石壁となっている部分もまとめて部屋の中へと吹き飛んでいった。
まるで爆破シーンから爆弾の音だけを抜き取ったかのような轟音を響かせ、扉や壁だった物が部屋の中へと撒き散らされている。
もし中に人が居たら間違いなく運が良くて致命傷だ、耐えれるものが居たらそれは相当な魔物ぐらいなか…。
とは言え刑務所のような場所から隠れるようにコソコソこんなものを作ってる連中だ、誰が居ようと十中八九ろくな奴らじゃない。
ガランガランとまだ何かが転がっているのだろう音が聞こえる。
しかし元扉があった所から見事に中は丸見えなのだが、明かりはなく見えるのは真っ暗な空間だけだ。
それが今の扉を破壊した拍子に消えたのか、それとも元から暗かったのかは今となっては既にどうでもいい事だ…。
ワシ自身がやったことだから分かるが、確実に中は酷いことになっている、それだけは見なくても想像がつく。
あまりに凄まじい音にワシすらも驚いていたのだから、当然この惨状が見えない人達の驚きたるや如何程のものか。
中で暴れまわったであろう破片達があらかた静かになっても何の動きもない。
「光を!」
「あっ!はい!」
これほど派手にやらかしたのだ、今更声をひそめる必要は無いだろうと声をかけるとやっと光の玉が部屋の中へと飛んでいく。
明らかに演技がすっとんだいつも通りのカルンの声だったが、きっとダーシュもそれどころじゃないはずだろうから大丈夫なはずだ…たぶん。
「今のは…何か…技でも使ったのか…?」
「あー、何も…使っておらんのじゃ」
「何も…?」
「うむ、きっと脆くなっておったんじゃろうな!」
「いや…あぁ…もうそれでいいか…」
漸く明るくなった空間で早々にダーシュが諦めの声をあげた。
仮にも町の衛兵隊長がそんなに諦めが早くて良いのかと思ったのだが。
町の住人の大半が大雑把なドワーフであればその諦めの早さもさもありなん。
「ここは誰かが住んでいたのか?」
「かもしれんの」
「居たら死んでただろうけどな」
石材が当たり大穴が空いた寝台だったもの、横殴りの雨が打ち付けたかのように土壁に突き刺さる扉の破片たち。
扉から扇状の範囲にあるものは例外なく無残な姿になっており、誰かが居ればそれの仲間入りを果たしていた事は間違いない。
運良く被害を免れていたのは暴風圏外にあったいくらかの棚と、別のところに続いているであろうもう一つの扉くらいであった。
「ふむ…これは樹皮紙かの…ずいぶんとまぁ古臭いものをつかっておるものじゃ」
樹皮紙と言うのは端的に言えば羊皮紙と似たようなもので、今現在一般的にとは言えないものの出回っている紙が出て来る前に主流だったものだ。
紙はそれなりに高価なので安価な樹皮紙は今でも使う事はあるのだが、作るのにそれなりの手間がかかる。
それに当然だが読み書きが出来なければただの木の皮なので、村長などが税を納める時や嘆願などに使う程度だ。
「このくるくるした木の皮が紙ねぇ…」
「正確には紙が作られるようになる以前に主流じゃったものじゃの、今でも紙の代替品として使われる事もあるのじゃよ」
「ふーん…んで中身はっと…なんじゃこりゃ?」
「読めないな」
「読めんのぉ」
棚から無造作に樹皮紙の束を取り出したダーシュに倣ってワシらも棚へと手を伸ばす。
くるくると巻物の様に丸まっている樹皮紙を伸ばして中を覗くが、まるで暗号の様によくわからない文字列が並んでいる。
規則性があるからなんとか文字だと認識できるが、内容自体はまるでミミズがラインダンスを踊っているかのようなものだ。
「地下でコソコソと謎の文字で何かを綴るとは…益々もって怪しくなってきたのぉ」
「犯罪奴隷どもを使って何かしてる奴らか…忌々しい」
秘密裏に犯罪奴隷が脱走に使っていたかもしれない場所の存在に、ダーシュが憎々しげに顔を歪めている。
どうやら気付いてないようだから、その主導がこの西多領の偉い人の可能性がある事はこの際黙っておこう。
「これ以外は特に…うむ、なさそうじゃし先に進んでみるかの?」
「そうだな…こんだけ見事に壊されてたら再度使おうとしてもなかなか大変だろう」
扉に向かおうとそちらに体を向けた時、扉の先からする微かな物音を耳が拾う。
「む、何か扉の先から音がするのじゃ」
「何も聞こえないが」
「ふーむ、だんだん近づいておるのじゃ」
「あの魔物か?」
「わからぬ…足音じゃとは分かるがそれだけじゃの」
足音の主がどうやって中に入ってくるか分からないが、この部屋の二の舞いにはなりたくない。
念のため扉側の壁にワシ、ご主人様、ダーシュの順で張り付き段々と近づいてくる足音に耳をそばだてるのだった。




