191手間
ギッギッと軋む木の梯子は、しっかりと体重を受け止め頼りなさは感じられない。
梯子は地下という環境からか多少痛みは見えるものの、
埃も被っておらず少なくともかなり近い時期までは利用され続けている事がわかる。
「ふーむ、随分続いておるのぉ」
「この方角となると…町の外まで続いてる可能性があるな…」
「暗くて何も見えないな、セルカは何か見えるか?」
高さは身長が高い人が飛び跳ねても余裕がある程なのだが横幅は大人二人がギリギリ通れるかどうか…。
そんな通路が光が届かなくなるまでは続いている。入口があった場所を考えてるともう二、三倍は伸びていたら十分町の外に届く距離だ。
「先は見えんがそれなりの距離は続いてそうじゃの。……音も聞こえて来ぬから何かと鉢合わせになる可能性は低そうじゃが、臭いも湿った土のものだけじゃの」
「わかった…。では、先頭をセルカが後ろは頼んだ。万が一何かが来たら教えてくれ」
「いやいや、流石に俺が先頭に」
「セルカの方が目も耳も鼻もいいし…」
ご主人様が言葉尻を濁したが、恐らくはワシの方が強いと言いかけたのだろう。
流石に面と向かってお前のほうが弱いんだぞとは言えないか…。
「わかった…が、何かあったら俺が先頭に出るからな?」
「何かあればの!」
そう言って今日はちゃんと佩いてきたシャムシールを鞘から抜く。
それに合わせ隊長も剣を抜き、ご主人様は剣の代わりに光弾の様に飛ばせないが、自在に出し入れしたり光量を調節できる灯火の法術でぼんやりとあたりを照らす。
「うーむ、これはただの脱出路ではなさそうじゃの」
「どういうことだ?」
「隊長殿よ」
「隊長殿だなんて止めてくれこそばゆい…ダーシュだ、ダーシュでいいよ」
「わかったのじゃ、ダーシュよ。ここからこんな風に穴を掘って、脱走しようとした輩は今までにおったかの?」
「この宿舎が出来たのが五つほど前の巡りでだからな、その前はもっと規模が小さかったがその時も含め俺の知る限り無いな。そもそもそんなことが出来るほど体力は残させねぇし、坑道の方も規定の方角以外に報告もなしに伸ばしてたらそこの組みは全員問答無用でこれだ」
そう言って隊長改めダーシュは剣を持ってるのとは逆の手で自分の首の前を横切らせる。
それは物理的な意味でそうなるのだろう、だとするとやはりここはおかしい。
「それならばやはり此処は脱出路ではなさそうじゃの」
「理由はなんだ?」
今度はご主人様が聞いてきた、特に前方に怪しい気配は無いので足を止めずに話す。
「そうじゃのぉ…まず第一に規模が大きすぎる、明らかに坑道にしては高さがありすぎるのじゃ」
「あぁ、確かに…大体頭ぎりぎりの高さが普通だな」
「じゃろう?それに脱走するのであれば早ければ早いほど見つからぬしさっさと逃げれるのじゃ、なのにわざわざこんな大穴を見つかるリスクが増えるのもお構いなしに掘るのはちと納得がいかぬ」
映画などでも脱走用のトンネルと言うのは人が腹ばいでやっと通れるか位がセオリーな気がする。
「なるほど…見つからないように掘るのは厳しいな、道具も相当変なもんしか使えねぇだろうし」
「うむ、それに掘った時の土もなのじゃが…この通路を支えておるこの支柱はどこから運んできたのじゃ?」
「そうだ!掘ったら当然同じ量の土がでるし、こんなでかい木を運んでたら絶対に俺達の誰かが気付く」
照明になりそうなものは置いてないものの、ほぼ等間隔で崩落を防ぐための支柱がしっかりとこの通路には立っているのだ。
しかも、廃材を組み合わせたようなボロではなく、支柱として誂えたかの様にしっかりとしたものが使用されている。
「つまりじゃの、これは犯罪奴隷どもが掘ったものでは無いんじゃなかろうかと…」
「では…誰が?」
「ここの宿舎を建てたのは誰じゃ?」
「石を掘り出したり加工したのはこの町のドワーフ達だが…建てたのは………中央からやってきた奴らだな…」
「この町の大工は参加せんかったのかえ?」
「この町の家なんかはドワーフが建ててんだけどな?建物より細工や掘ってた方がいいってんで、この宿舎を建てるように要請してきた中央の奴らが呼んだ大工に建てさせたんだよ」
「ふーむ、ではそやつらが掘ったのじゃなかろうかのぉ」
「何のために?」
聞いてきたのはダーシュだが、ご主人様も顔に同じことをデカデカと書いてあった。
「流石にそこまではわからんのじゃ…。何にせよこの先に行けばわかるじゃろ」
「それもそうか…」
全面が土だからか足音もそこまで響かず、未だに土を蹴る音と僅かな呼吸音だけが耳に入る。
上から土が降ってくることもなく、この通路がしっかりと土を固めつつ掘られていることがわかる。
やはり素人などではなく職人…もしくは慣れている人が関わっているのだろう。
「ご主人様や火を」
「あぁ」
「どうした」
左手を上げ停止を促し、小声でご主人様に灯火を消すように伝えぎゅっと右手の剣を握りしめる。
辺りが暗闇に包まれるがさすが獣人の目、直ぐに暗闇に慣れるほんのわずかだが前が見える。
「灯火が届くギリギリ扉が見えたのじゃ」
「俺は見えなかったが…なるほど目がいいってこういうことか…」
「ゆっくりと近づいてワシが扉を開けるのじゃ、そうしたら中に光弾を頼むのじゃ」
「わかった」
「じゃあ俺は突撃だな」
「いや、扉前で待機じゃワシが行くのじゃ!」
「いやいやいや、流石にそんな危ないことはさせれないって」
「おぬしはあの魔物を一撃で屠れるかの?」
「ぐっ…それは…」
「じゃろう?」
やはりダーシュはいい人なのだろう、場合によっては見せても良いかもしれない。
だが人の口には戸は立てられない、何かの拍子にぽろっと漏らさないとも限らない。
何事も無ければ見せる必要も使う必要もないだろう、であればただ単に膂力のある獣人で済むから。
「では、ワシが戸を思いっきり開けたら音めがけて光弾を頼むのじゃよ」
「あぁ、セルカも気をつけて」
「うむ!」
頷く気配を感じると三人でじわりじわりと扉へと向かい、ワシの目に扉が薄っすらと見えると素早く駆け寄る。
その音で扉に付いたのだろうとご主人様とダーシュの足が止まるっただろう事が気配でわかった。
音を立てないよう慎重に扉を少し押すと何かが引っかかる気配がある、どうやら閂がかけられているようだ。
建物側でなく扉の向こうに閂があると事実に益々怪しさがつのる。
「ふぅ…」
深呼吸一つ、閂ごと扉をぶち破るため、押さえる手にぐっと力を篭めるのだった。




