189手間
その日はいつもより少し遅くに目が覚めた、当然同じ頃に寝たカルンはまだ寝ている。
いつもの様に身を清めて湯気が立たなくなったお湯を捨て、起きるのが遅くなったからと食堂の様子を見に行く。
席が空いてるならそれでよし、空いてなければ朝食の用意をしてもらって部屋に運ぶだけだ。
この宿というか酒場はドワーフ達に好評なのだろう。これから仕事や徹夜明けのドワーフ達で賑わう事が短い滞在でもよく分かった。
だけどそんな予想を今日は裏切られた。
食堂へと続く階段を降りるワシを見つけた誰かが他の誰かに何事かを話した途端、一斉にワシへと向かって視線が突き刺さる。
それは何というか…金貨の山を目の前にした山賊の様な厭らしい視線…。
だがワシの首にあるものを見て、明らかな落胆と共に視線が外される。
それはチラッと見て直ぐに元に戻る程度の僅かな時間ではあったが、奴らが何者かは幾らの言葉よりも雄弁に語ってくれた。
正真正銘の狩人…しかも欲に溺れた方の。
既にワシへと向けた野卑た視線も忘れ、雑談に興じる奴らを尻目に宿の主人へと話しかける。
「あ奴らはなんなのじゃ?」
「おぉ、おはよう。中央の…いまはオート?とかそんな感じで呼ばれてる街から来た狩人だよ。」
「今更何の用なのじゃ?」
「ははは、そう言ってやんなって。昨日の夕方あたりに商人の護衛として着いたんだとよ。」
昨日の夕方…もっと早くに着いていれば、結果的に無傷だったとは言えカルンを危ない目に合わせることはなかった。
護衛を受けることが出来るということは三等級に匹敵するBランク以上なのだろう、数も食堂の席を専有する程度には居る。
いや、ジョーンズからよく聞いていないが護衛が出来るランクは違うのかもしれない。
だからなのか誰も彼も装備が新品同然で、まるでこれから初めてぼうけんにいきますって言うような幼稚さが滲んでいる。
「の割には装備が皆新しいの、まるでこれから狩人初めますと言った雰囲気じゃ。」
「あー、んんー。嬢ちゃん朝食取りに来たんだろ?出来るまでちょっと時間もらうんだがここにゃ席ないしちょっと厨房まできてくれね?」
「ん?うむ、わかったのじゃ。」
誰にも聞き咎められなかったから良かったものの、どう贔屓に聞いても「何だこの装備だけ良いひよっこ共は」という発言にしか聞こえない。
それを気にしたのかあからさまに話題を変えられて、席が埋まっているのもあって頼もうとしたことを先に提案されて一も二もなく頷いてついていく。
「ふー…まぁ…嬢ちゃんが獣人だから狩人に良い感情持ってないのは分かるが…あんな居るところであんなことを言うもんじゃないぞ。」
「う…うむ、そうじゃの…。」
「ま、気持ちは分かる。アイツラは獣人捕まえて金を貰ってランクをあげた奴らだからな。正直言って俺も嫌いだ、人を売って稼いだ金なんてホントは受け取りたくないが…こっちも商売なんでな…。」
「そこまでワシも気にしておらんのじゃよ。それよりも獣人を捕まえてランクを上げるとはどういうことじゃ?」
「すまないな。」
ぽつりと呟いた宿の主人は、その後に続いて「詳しくは無いが」と前置きをしてから語ってくれた。
「つまり…特に魔獣や魔物討伐に実績が無かろうと獣人を捕まえてくればやすやすと等級が…こっちではランクでしたっけそれが上がると?」
「うむ、宿の主人が狩人から聞いた話ではそうらしいの。」
朝食を部屋に持って帰り二人でそれを食べながら、先程聞いた話をカルンへと伝える。
話してくれた人も魔獣や魔物を狩ってこそのと思っている人だったらしく、かなり長いこと愚痴られてよく憶えていたそうだ。
「けど、態々そんなあからさまなエサをぶら下げてまでして獣人を追い詰めるなんて、よく分かりませんね。」
「極度の獣人嫌いという話じゃったが…それでもここまで執拗に貶める理由が無い気がするんじゃがの。」
「えぇ、嫌いなら遠ざけるだけで良いと思います、それもそれで権力を持つものとしてはどうかと思いますが。」
「まるで権力を持った子供の癇癪じゃ、なんぞ好いとる人でも獣人にとられたかのぉ…。」
「それが理由だったそれこそ子供の癇癪ですよ…。」
幸いな事に奴らはここには食事に来ただけで別の安宿に泊まっているらしい。
あんな奴らと同じ宿で泊まるなど気持ち悪くて仕方ない。
「ここの町を出る時は、奴らと出立を出来るだけずらしたほうが良いじゃろうの。」
「それは何でまた?」
「人数が人数じゃからのぉ…。町の外で襲われたらたまらぬ。」
既に誰かの所有物であるという奴隷の首輪がしてあるとは言え、ただの革に金具が付いた首輪だ。
魔法がかかっているとか魔具であるとかそういう事は一切ないので、無理矢理にでも外されてしまえばまた売られることになる。
そういう所の規則なんてものは一切無い、欲に眩んだ目をした奴らがそんな美味しい事をしないと言う保証のほうが難しいくらいだ。
奴隷がヒューマンを傷つけてはいけないという規則は有るのだ、万が一の場合はその主人も含め処刑もありうる。
つまり町の外でけしかけられたらワシはなにも出来ない、何せワシが正当防衛しようと証言してくれる人が犯人とご主人様であるカルンしかいないのだ。
うまく行けばそのまま売り払って金になる、ダメでも俺らを傷付けた罰を受けたくなきゃ黙っててやるから金払え。
奴らが言ってたわけじゃないしやられた訳でもない、被害妄想だと言われればそれまでだ。
だが奴らのあのドロドロとした気持ち悪い目、視線を向けられたのは一瞬の事だったが、今までの旅で出遭った盗賊…そんな奴らと同類の目だった。
「奴らの目は獲物を見つけた狩人の目ではなく下卑た盗賊共と同じ目じゃった。」
「あぁ…それは確かに信用なりませんね…。」
カルンも幾度か出遭った奴らを思い出したのか遠い目をしている。
話し合いの結果とりあえずはワシは外出しないほうが良いだろうという事になり。
もしかしたら昨日のことの調査を依頼されるかもしれないので、カルンは一人衛兵やらに色々と聞き行った。
そしてその日の夕方カルンが持ち帰ってきた話は三つ。
一つは昨日の騒ぎで衛兵が何名か亡くなりはしたが町の住民には被害がなかった事。
もう一つは案の定と言うか、残党がいては困るので調査お願いしますという事。
そして…奴らがその日のうちにさっさと商品を積んで帰ったということだった…。




