182手間
ドワーフのおっさん達の愚痴を聞き終え漸く宿の部屋へと戻ってきたが、ご主人様はまだ寝台の上で夢の中だった。
けれども大分賑やかになりカーンカーンと長く響く音に加え、相槌を打ってるのかカンカンカンカンと短く響く音もあり。
複数の人が打っているのか他にも音が混ざり合い、さながら打楽器の四重奏の様相を呈してきた。
此処まで音が響いているのによく寝ていられるなと思うが、もしかしたらヒューマンの耳ではそこまで良く聞き取れないのかもしれない。
これが今だけなのかそれとも毎日なのかは知らないが、連日これだったら下手な人だとノイローゼに確実になるだろうし。
ドワーフの愚痴を聞いたと言っても、日も漸く顔を出すか否かと言った程度。普通の町であれば朝早い人や、職種の人が起き出す時間ではあるが…。
この町に来た時の暗さを考えると、早めに寝ることになると思うので、もう起こしてしまっても大丈夫だろう。
「ご主人様ー、朝ですじゃー」
「ん…んー…もう…?」
いつもより早く起こしたせいか、かなり眠たそうにゆっくりと上半身を起こしている。
上半身を起こし毛布がずり落ちると、スポーツ選手ほどとは言わないが外国人モデルくらいの程よく引き締まった体が露わになる。
実際はただ眠そうにしているだけだが、髪をかきあげ一見物憂げなその表情と相まって…じゅるり。
「おっといかん、よだれが…」
「そう言えばお腹すきましたね、…まだ朝早そうなのに食堂は開いてるのかな?」
ドワーフの集団に気を取られ、開けっ放しだった窓から外を見たご主人様が、そんな疑問を投げかけてきた。
確かに空は漸く明るくなり始めた頃、普通ならそう思ってしまうだろう。
「うむ、どうやらこの町は夜が早い故、朝が相当に早いようじゃ」
「そうなんだ…」
やはりまだ眠いのか反応が鈍い。
「眠そうじゃの…」
「うん…そうだね…」
ふわーと口に手を当てて欠伸をしている、いつもは起こすとすんなりと覚醒するのだが、ご主人様は意外と朝に弱かったのか…。
「では、目覚ましに体をお拭きするのじゃ、ご主人様」
「うん?…そうだね、お願い」
しめしめ、こういう時でも無いとご主人様はさっさと自分で体を拭いてしまって、ワシが堪能できんからの。
熱くもなくそれでいて温くもない湯で布を湿らし、無防備でなすがままなその体を拭いていく。
「流石に顔は自分でやるよ」
全身をじっくりたっぷりと拭き上げると、備え付けの水差しに残った冷えた水で湿らせた布を使い、顔を拭いてあげようとしたが目が覚めたのか断られてしまった。
「やっぱり、人に拭いてもらうと自分で届かない所も出来て良いね」
「では、明日からワシが毎日…」
「いや、流石にそれは悪いから自分でやるよ」
「むぅ…ワシはご主人様の奴隷じゃから…」
「セルカさんの中で奴隷って、いったいどんな風になってるんですか…」
「む、それはー…と言うか名前、呼び捨てにするのじゃと…」
「良いじゃないですか、二人きりの時くらい」
「う…うむ…そうじゃの…」
二人きりの時くらい…二人きりの時くらい………そのセリフが頭のなかで反響する。
ご主人様と奴隷の身分違いの禁断の恋…むほーっ!
「身分がどうのこうのってどうしたんです?」
「はっ、口から漏れておったかの?」
「え…えぇ…ちょっとだけですが」
「い…いや、何でもない何でもないのじゃ」
長期間二人きりというのは久々過ぎて、色々暴走してしまってる気がする。
しかし、禁断の恋…うむ良いかもしれん、万が一仲睦まじいところ訝しまれたらその方向で行こう。
「そうじゃ、この町では細工や鍛冶をやっておるそうじゃから、カイルやライラの土産を用意すると言うのはどうじゃろうか」
「へぇそうなんですか。んーそれじゃあ僕の杖も新調してしまおうかな…」
「そうじゃのぉ、むしろ良く今まで保ったものじゃ」
カルンが今使っている杖はワシと出会った頃からのものの為、かなり年季が入っている上にその当時の身長に合わせているからか大分短い。
魔法使いの杖と言っても別にマナの消費量を減らしたり、威力が上昇する効果があるわけでは無い。
どちらかと言えば近距離の護身用や魔法のイメージをしやすくしたり、魔法を飛ばす位置の確認用といった所だ。
魔法をイメージしやすくなる為、間接的に消費量が減ったり威力が上昇してるとも言えるが。
前に聞いた話によると、魔法使いは杖と言うのは昔からの伝統らしい。どうせ昔召喚された誰かが広めたのだろう。
公然といちゃいちゃ出来ないのだけが歯痒いが、これはデートと言っても過言ではない。
そうと決まればさっさと朝食を済ませて出かけなければ…その為にもゆっくりと着替えるカルンを早く早くと急かすのだった…。




