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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いを邪魔する奴ら
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181手間

 カーン…カーン…と何かを打ち付けるかのような、半鐘を鳴らしているかのような音で目が覚める。

 よほど昨日の事が堪えたのか寝てる間ずっと肩を抱かれたままだった。なので今も肩を抱かれその胸に顔を押し付けられてる状態だ。


 流石に拒絶するかのように押して抜け出すのも嫌なので、起こさないように慎重に体を捻って拘束から抜け出す。

 寝台からも抜け出すと流石に温暖な地域とは言え毛布もなく、人肌も離れた朝の空気に思わず体を震わす。

 手早く暖かいお湯で全身を拭き下着とメイド服を着るとやっと人心地つく。そして体を拭いたお湯を捨てるために、なるべく陽の光がご主人様に当たらないよう窓を開ける。


 しかし、その努力は無駄に終わった…何せ遠くの空が少しだけ蛍石の様な淡い紫色に染まっているだけで夜明けにはまだ程遠い。

 ではあの鐘の音は聞き間違いだったかと思っていると、今度は窓を開けていたためはっきりとカーン…カーン…と聞こえてきた。


 はっきりと聞こえた音は鐘の音ではなく、何か金属を打ち据えている音…鍛冶をしているかの様な音な気がする。


「こんな朝とも言えぬ頃からするのかのぉ…?」


 当然この部屋には寝ているご主人様しか居ないため、そんな疑問に応える人など居ない。

 けれどもそんな疑問に町が答えてくれた。窓からしばし外を眺めているとザワザワと人々が起き出し活動し始めた気配が町全体から漂ってくる。


「おぉ…随分とこの町の者は早起きじゃのぉ…。」


 電気が無いこの世界、夜明けから起き始めるのが普通ではあるがそれを考えても、空が白むより早く起きるのは何が何でも早すぎる。

 そんな事を考えていると何やら賑やかな集団がこの宿に入ってくるのが見える。なればこれはちょうどよいと飲み物を頂戴しに宿の食堂へと向かう。


 食堂へと近づく程に、これは泊まっている客はたまったものでは無いのではないかと思うほどの賑やかな笑い声が響いてきた。

 幸いにもワシらが泊まっている部屋は二階建てのこの宿の一番奥の部屋であり、そこまでは響いてないのでご主人様が騒がしい音で起こされることはないだろう。


「ガハハハ、店主よ新しい給仕でも雇ったのか?」


「女子の給仕は厄介事だと常々言ってたお前がなぁ。」


「心変わりか?それとも惚れたか!?」


「黙れてめーら、客だよ客!ほらくずてっこだ。」


 食堂の奥にある階段から降りるワシを目ざとく見つけ出した集団が、この宿の主人を囃し立てる。

 それに対し店主は黙れと一喝すると、ドンッと中身が跳ねるほどの勢いで木のボウルに入った何かを、囃し立てた集団のテーブルへと叩きつける。


「何じゃそれは、うまそうじゃのぉ…。」


 少しくたびれた服を着て皆が皆立派な顎髭を蓄えた集団は、くずてっこと呼ばれているスモモ程度の大きさの赤褐色の丸い物をぼりぼりとうまそうに食べている。

 それに続けとジョッキの中の飲み物を呷る…そんな姿に思わず声が出てしまったのは仕方のないことだろう。


「おぉ、嬢ちゃんはお目が高い!来い来い、こいつ食ってみるか!?」


 意外と耳が良いのかワシの呟きを聞いた一人が、筋骨隆々でずんぐりむっくりとしたビール樽の様な体型に似合った豪快な手招きをしてきた。

 後でご主人様と一緒の朝食の時に頼もうと思っていたので、ここでご相伴に預かれるなら好都合と目を輝かせて早足で駆け寄る。


「ではお言葉に甘えて一つもらうの…いや…やめておくのじゃ…。」


 赤褐色の物体に伸ばしかけた手を引っ込める、別にニヤニヤとした嫌らしい笑みを見たからではない。

 その悪戯を仕掛けているのを隠しきれない笑みをした集団の容姿と、赤褐色の物体を見て手を出すのを止めたのだ。


「おう?食わねぇのかい?」


「もったいねぇ、他の酒場じゃまず出てこねーぞ。」


「そうだそうだ、この町じゃここでしか食えねぇな。」


「ワシにはこれを食うのは無理じゃよ。」


 いたずら小僧の様に笑っているが、彼らは立派な顎髭が示すように、それなりの齢を重ねているだろう。

 しかし椅子に座っているため気づかなかったが、彼らの身長はワシよりも幾分か低い。

 髭もじゃの顔に低い背でずんぐりむっくりの筋骨隆々…。


「おぬしらドワーフじゃろ?獣人とは言え流石に鉄鉱石は食えんのじゃ。」


「ちっ、見たことねーから外からの奴らだと思ったのにな。」


「バレちゃしょーがねぇなぁ…。」


「成功したこと今まで一度も無いがな!」


「だな!ガハハハハ!」


 そりゃそうだろう…流石に間近で見るか鉄鉱石を知らなくとも手に持てば誰だってこれは食べれないものだと分かる。


「それでも俺らを知らねぇ奴らはこれ食ってることに驚くんだがな。」


「ドワーフは石を食うなぞ常識じゃろ?」


「そりゃまぁ…?俺らの間じゃ当たり前だが、大抵の奴ぁ比喩とか侮辱のたぐいだと思ってるんだが…。」


「まぁ詫びと言っちゃなんだが一杯どうだ?奢るぞ!」


「てっこと一緒の酒はうまいが、美人と一緒の酒は更にうまい!」


「そうだそうだ!」


「流石に朝っぱら酒はのぉ…それに飲むにしてもご主人様の許可が…。」


「んぁ…そうか!今は朝だったな!」


「俺らはこれから寝るから忘れてたぜ!」


「よく見りゃ嬢ちゃんは獣人か。このあたりじゃとんと見ないから忘れてたぜ。」


 これから寝るってことは夜勤か…この世界にもあるのか夜勤…。


「あーすまねぇ…獣人は奴隷にされるんだったか。」


「なんでんなことやり始めたのかねぇ新しい領主は。」


「領主だっけ?違った気がするんだが。」


「なんだっけほらアレだアレ。」


「おーだか、いーだか。」


「バカ、王だ王。」


 夜勤という事に反応してゲンナリしたのだが、それを見て勘違いしたのか慌てて無理矢理話題転換をしてくる。

 顎髭のおっさんどもが慌ててる姿と言うのは何というか滑稽だ…。


「あーいや、ワシは気にしておらんよ、それにしても王とはなんじゃ?」


「んー?なんだか新しい領主が自分のことはそう呼べって言ったらしいんだよ、俺らは見たこと無いんだがな。」


「そうそう、んで俺らはもっと山ん中住んでたんだが、此処に集められてよ。」


「そんでもって鉱山で石掘ってるってわけよ。」


「ま、何処に住もうが石掘って旨い酒とうまい石があればそれで十分よ。」


「金払いもいいしな!」


 なるほど…彼らは鉱夫だったのかという事はあの鍛冶の音も彼らの仲間だろうか。


「朝から響いておる鍛冶の音もおぬしらの仲間かの?」


「あぁ、そうだ。何を思ったかしらねーが王の命令ってやつよ。」


 今まで楽しそうだった雰囲気に少しだけ鬱憤を感じさせる空気が混じる。


「ドワーフなら鍛冶が得意だろうってな具合でな。」


「鍛冶なんて野蛮なことヒューマンにやらせてりゃいんだよ。」


「そうそう、俺らが得意なのは細工だ、確かに金銀細工で石を溶かすがよ。」


 ワシもそう思っていたが直接言わなくて良かった…。

 その後しばらく話しというか愚痴を聞いていたが、そろそろカルンが起きるだろうと席を辞する。

 彼らは愚痴を聞かせて悪かったと謝ってくれたが、ワシとしても色々と有用な事が聞けて良かったので気にしては居ない。


「なるほど…西多領の王とやらは極度の獣人嫌い…のぉ…。」


 部屋に戻る途中ぽつりと呟く、もっとも彼らも直接王に会ったことはないので、"らしい"と但し書きがつく事になるが。

 それでもそんなやつが権力を持てば獣人狩りなんてバカでアホな事をやり始めてしまうのだろう…。


 しかしそれが罷り通っているとは、それだけ王の力が強いのかそれとも同じ様に考える奴らが多いのか…。

 前者であればそこまで長くは続かないだろう。しかし後者であれば…とりあえずもう少し日が昇ったら町にかんこ…偵察に行かねばと決意を胸に部屋の扉を開けるのだった。

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