176手間
貪るような口づけから開放され、二人の顔が離れるとどちらから漏れたものなのかクスクスと笑い声が溢れてくる。
それも仕方のないことだろう、何せ此処まで思い通りに事が進むとは思わなかったのだから。
「どうじゃ?この首輪似合うとるかえ?」
首輪の隙間に指を入れ、見せつけるかのように突き出してそんな事を聞く。
「えぇ、人に言えない趣味に走りそうになるほどには…」
「ワシは別にその手のことに走って貰っても一向に構わんがの」
甘えるようにご主人様に体を預け、その胸板に頬を当て首輪を引っ張っていた指の形そのままに胸板をなぞる。
「流石に子どもたちの教育に悪いですから」
「カイルとライラなら、この先のための予行演習じゃとかでもいって宿に泊まらせれば、喜んでしばらくはそこで寝泊まりするじゃろ」
「それは…そうでしょうけど…しかし分かってたことですがまさか本当に十二になった途端ハンターになるとは…」
「ハンターに憧れておったからのぉ…」
「危険なことはして欲しくないんですが」
「それはワシらが言えた事ではなかろう?」
「はぁ…それもそうですね」
ワシが不穏な話を世界樹の街から持って帰ってから二巡りほど経ったが、それでも西は不気味なほどに沈黙を保ったままだった。
政治的な判断はワシには出来ないが、ゲーム的に考えると一つ思い当たることがある。それはシミュレーションゲームなんかによくある革命後の命令を受け付けない期間やそれで減った国力の回復期間だ。
現実はゲームではないが恐らくそう間違った考えではないはずだ。そんな革命を起こした所が大人しくしてればいいが、まずそんな事はないだろう。
杞憂であったとしても備えあれば憂い無しだ、ということをお父様に言ったらあれよあれよという間に西に様子見に行ってきてということになったのだ。
カイルとライラがハンターとなってアレックスの世話になりワシらの手から本格的に離れ始めたということもある。
カイルの母様より早くハンターとして一人前として認められる三等級になるという目標はハンターになった瞬間脆くも崩れ去ったわけだが…。
そんなわけで西に潜入するワシらを補佐するやつがもう一人。
「ところでジョーンズはどうしておる?」
「セルカさんを売った後はしばらくここのハンターとして活動するそうですよ」
「混乱を最小限にする為なんじゃろうが…こっちのハンターはワシらにとっては忌々しい名に堕ちてしもうたがの」
ハンターギルドという名称は元々狩人の寄り合い所帯だった頃の名残で、元となったこの世界で狩人と言うのは獣の肉を取って生計を立てている者の総称であり、ハンターは厳密に言えば狩人ではない。
しかし、今現在ここのハンター達には獣人を狩ると言う仕事ができてしまった、文字通りの狩人だ。
狩られた獣人はハンター―忌々しいので真っ当なハンターと区別を付けるために狩人と呼ぼう―ギルド公認の奴隷商に売り付け奴隷のランクや種類にもよるがかなりのお金が貰える。
ワシらの領で奴隷と言えば犯罪奴隷と言う所謂終身刑に服している犯罪者を指す言葉だったが、此方ではそれ以外にもう二つの種類がある。
といってもその奴隷は犯罪奴隷以外は腹立たたしいことにすべて獣人だが…。
まず一つが汎用奴隷、これは奴隷と聞いて真っ先に思い浮かぶような境遇の者たち、過酷な環境下で働かせられ命を落とすものも少なくはない。
そしてもう一つが愛玩奴隷、その名の通り愛玩用の奴隷…愛くるしい外見だったり見目麗しい外見の者たち、仕事内容は…ご想像の通り。
ワシはジョーンズにその愛玩奴隷候補として奴隷商に売られ、ジョーンズが懇意にしているというご主人様に晴れて買われたというわけだ。
此処まではワシが奴隷商のところで過ごした時の情報。
「それでジョーンズからなんぞ情報は入っとるかのご主人様?」
「その呼び方気に入ったの?そうだね…宝珠持ちの獣人で戦う力がある人達は…」
「あぁ…よい分かったそれ以上言うでない」
顔を歪めたご主人様の態度で否が応でもわからされた、つまり反撃することができる人達は狩られたということだ。
ワシも宝珠持ちで当然奴隷商のところで改められたが、宝珠持ちだからといって必ずしも戦う力があるわけではない、か弱い乙女を演じ無事奴隷として合格したわけだ。
「それでこれからどうするつもりなの?」
「そうじゃの適当に各地を周りつつ情報を手に入れる腹積もりじゃが…」
「じゃが?」
「まずは怪しまれん為にも証拠を残さねばの」
「証拠?」
「そうじゃ、ここに居るのは愛玩奴隷とご主人様じゃからの。これからボロを出さぬ為にも相応しい態度での…ご主人様」
「くっ…その態度は卑怯ですよ」
荒々しくも優しく抱きかかえられると寝台へと転がされると、誰が見ても疑いようのない状況証拠づくりに勤しむのだった…。
ジョーンズは小金持ちになった。




