174手間
結局ハイエルフの里訪問は、老エルフとジグル以外のハイエルフには会うこと無く終了した。
ライラは他のハイエルフが寝てる所に突撃したみたいだが、流石に人が寝てる所にお邪魔するのは悪いのでワシは見ていない。
翌朝すぐにジグルと寝ている老エルフに挨拶をして陽が少し傾いた頃に世界樹の街まで帰り着いた。まだまだ日は高かったのだが高い濃度のマナの中に長時間居たためか、カイルとライラが疲労困憊と言った感じだったので、その日は直ぐに宿を取り休むことになった。
翌日になり届けた書状の内容と、世界樹のダンジョンについて聞き損ねたことをふと思い出したが後の祭り。
書状はワシらに関係ないことだったから話さなかったのかもしれないし、ダンジョンに至っては近くでざっと見た限り虚一つ無い立派なもので、どこかに入り口があるという感じはしなかった。
よしんば中にはいれたとしても、外で渦巻いているマナがそよ風にも劣ると言っても過言ではないほどの凄まじい濃度のマナが、世界樹の中を通っているのが外からでも分かる。
仮にそのマナの奔流の隙間を縫ってダンジョンが合ったとしても、言うなれば隠しダンジョンをクリアした後のチャレンジ用無理ゲーダンジョンのような気がする。
いまだ独り身でこの世界に未練が無ければ挑んだかも知れないが、今のワシには愛するカルンやカイル、ライラ…子どもたちが居るのだ、早々命を粗末にする訳にはいかない。
幸いなことに魔獣や魔物と言った類を除けば、戦争も無いし内紛も起こっていない実に平和な世の中だ。早々命を捨てるような場面も無いだろう。
「おばあちゃんやー。書状届けて来たのじゃー」
カイルとライラにお小遣いを渡し、合流したライニにお目付け役を任せて街に観光に行かせた後、ワシは一人ギルドへと向かった。
いつも通りどうせ閑古鳥が鳴いているだろうと、扉を開けて即そんな事を叫ぶワシを待っていたのは、それなりの人数が向けるワシへの視線だった。
実はこっちが普段通りなのかなと一瞬思ったが、よく見れば誰も彼もが疲れたというか悔しさを滲ませた顔の、それなりに歳を食った人ばかりだった。
「おぉい、ばあちゃん!この嬢ちゃんが用だってよ!」
しかし、さすが本部にいる人達だと言うべきか、ワシの事を誰だとか小娘は帰んなとか言うこと無く、おばあちゃんを呼んでくれた。
「おやおや、おかえりなさい。届けてくれてありがとうね、ところでちょっとお話があるからこっちに来てもらっていいかしら?」
「うむ、あの子らは街に行かせておるし大丈夫じゃよ」
「そう…それは良かったわ」
ちょっとおばあちゃんの声音が落ちた気がしたので、実はあの子らに会うの楽しみだったのではないかと、観光に行かせたのを後悔するのだった。
ワシの体格は以前と変わっていないはずなのだが、すこし縮んだ気がするおばあちゃんの手を引いて、ギルド長の部屋へと入る。
そこは受付前の騒ぎが嘘のように静かだった…。
「さてと…びっくりしたでしょう?此処にあんなに人が集まるなんて滅多に無いことだもの」
「実はアレが普通なのではないかとちと思ったのじゃが、違ったのかえ」
「えぇ、彼らは西の支部長とその周辺の人達よ。こっちに来るまでもうちょっと時間がかかると思ってたのだけど」
「何か面白くないことでもあったということかの?」
「そうね、その通りよ」
「それは何なのじゃ?」
おばあちゃんの口から語られたことは、普通であればそんな馬鹿なと一笑に付す様な代物、けれど各支部長がみな口を揃えしかも急いで持ってきた話だ、それは本当なのだろう。
西が独立して国を興すと宣言した、それだけならまだいい…ハイエルフの里で聞いた昔話の中に、いくつか国という単語があったので今は無いが大昔にはあったのだ、昔の栄光にあやかってなんて別段珍しい事ではない。
問題なのはそこからだった…。
「その国を興すに至って中心となった貴族たちはね…教会の事を邪教と言って…それに替わり聖堂っていう組織を作り上げたらしいのよ…しかも、以前の教会はもういらないからって打ち壊されるのを見たって人もね…」
平和的に改宗させたのならいい…だが南にもこっちにも教会関係の人達が逃げたという話すら聞かない、関所を設けたのはそういう事なのだろう、戦争なんて体験したこと無い人が大半の中で関所破りなんてできる訳がない。
ましてやどこぞのモンク共ではないのだ独自の兵力なんて持ち合わせているはずもなし、そして古今東西、邪教なんて言ってしまう輩がすることは一つ…おばあちゃんが言葉を濁らせていることからもそういう事なのだろう。
「聖堂がどういう教義を掲げているのか、支部長達も流石にごたごたしていて詳しい情報は無いのだけれどね、確かなのはヒューマン至上主義っていうのを掲げた事、それと奴隷を認めたことよ」
奴隷と聞いてダンジョンで見たごつい首輪をした人達を思い出した、数が減ったと思ってた人達…彼らは確か全員…。
「獣人の迫害という事かえ…」
「迫害っていうのがいまいちよくわからないけど…。支部長の周囲に獣人が居る人もいたのだけど、衛兵に連れてかれたりね…そんなこんなで町は騒然となったけど元々数がすくなかったせいもあって直ぐに騒動は収まったらしいわ」
今まで沈黙を貫いていた西の突然の凶行…その魔の手が他の地域にまで届かなければいいのにと今は祈ることしかできないのだった…。




