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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
間章
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173手間

 お年寄りの昔話は長いのが相場だが…これは長すぎだ…昼過ぎてからここに着いたとは言えもうとっぷりと陽が暮れて薄緑の淡く幻想的な光の粉が窓の外で空へと舞い上がっているのが見える。

 ここは凄まじくマナが濃い場所だ。だから疲れることはないのだが…老エルフのしわがれた落ち着いた声を聞き続けたせいか、うつらうつらと船を漕いでしまう。

 幸いずっと目を閉じているのか、それとも目が悪いのか老エルフはそれを咎めることも気にすることもなかった。


「かーさまー!」


 もう少しで地面に倒れ込もうかとしたその時、元気な声と共にスタタタと軽快な足音が部屋中に響き、直後背後から衝撃を食らいお蔭で眠気が吹っ飛んでいった。


「おぉ、ライラか…随分長いこと周ってたようじゃがどうじゃったかえ?」


「此処凄いね!ずーっと下までお部屋がいっぱいあってね。色んな人がぐっすり寝てた!」


「ほうほう…他になにか面白いところはあったかえ?」


「んー、本?がいっぱいある部屋があったんだけどね、全然読めなかった!」


「母様ごめん…その本に夢中になってたらこんな時間に…」


「爺さん…そろそろ開放してあげたら?」


「ほっほっほ、すまないね…久々のお客だったからついつい」


「こちらも貴重な話を聞かせてもらったからの」


 女神さまに頼まれたものが何処かの誰かが持っているという事がわかった…その他の思い出話を聞いた所…力あるものを呼び寄せる術に憑かれた人が子を残さず死んだ場合は近い血筋の者が新たに憑かれるらしい。

 術を使われた場合、術に憑かれていた者は贄になり術は呼び出された者に新たに取り憑く、正直何とも意地の悪いと言うか…贄になった人が可哀想というか…幸い一度術が発動すると凄まじいまでの再使用時間が必要らしい上に、そもそも呼び出せること自体が殆ど忘れ去られている為、最近は呼び出された人は居ないらしい。


「地道にどうするか考えておかねばの…。と、そう言えば良くカイルが本を読んでいる間ライラがおとなしくしておったの」


「あー。はじめはライラも本を見てたんだけど、いつの間にか寝てたみたいで…」


「なるほどのぉ…」


「かーさま、おなかすいたー」


「ふむ、これから戻るのも危険じゃの…ジグルやすまぬが今日は此処で泊まってもよいかの?」


「もちろん、ここしばらく使ってない客間があるからね、そこで寝ると良いよ」


「すまんの、爺様も今日は…?」


「あー。もう寝たよ、よっぽど話せるのが楽しかったみたいだね」


「ふむ…では明日改めて礼を言いに来るかの」


「それには及ばないよ、爺さんは寝たら暫く起きないから」


「ふむ?多少は待てるが?」


「ま、早ければ二、三十巡りくらいで起きるんじゃないかな。それまで自由に此処に居ていいよ」


「うむ、改めて寄らせてもらうことにするのじゃ」


 二、三日寝て一日起きてとかそういうレベルじゃなかった…流石にそんなにはここで待てない。


「かーさまー何か食べようよー」


 何とも豪快な睡眠時間に感心していたら、ライラが辛抱たまらないと言った声でワシの袖を引っ張ってきた。


「そうじゃな…ジグルやここに何か食堂とか厨房とかそういうものはあるかえ?」


「ん?そんなもの無いよ」


「では、おぬしは普段何を食べておるのじゃ?」


「何も?強いて言うならマナと水くらいかな?僕みたいな若いハイエルフは外に行ったときには食べるけど、此処に居るハイエルフは殆どが寝てばっかりだし起きた時に少し水を飲むくらいだね」


「うぅ…む、まさかハイエルフがそのような生態じゃったとは…」


「んー、ハイエルフの生態って言うより宝珠持ちの生態かな?マナを吸収する力に優れた人はマナが濃い地域だとお腹が減らなくなるよ、普通の地域でも少食だったりするし…」


「む…?そう言われれば確かに昼にちと食べたとは言え腹が減っておらぬの…」


 此処に来る途中で休憩中に干し肉やらを食べたが、確かにその時も一口食べただけでお腹いっぱいになって少し訝しんだものだ。


「調理場も…」


「無いね…」


「うーむ、ライラや…今晩は干し肉とパンじゃ…」


「うえー、干し肉きらいじゃないけどパンかたーい、いやー」


「流石にこんなところで火を使うわけにもいかんしの」


「ま、取り敢えず客間に案内するよ」


 そう言って案内された先はファンシーな木をくり抜いて造られた部屋に無理やり和の様式を詰め込んだような、そんな感じだった。


「ふーむ、ここの建築様式は随分と珍しそうなものじゃが…」


「産まれる前のものだから詳しくは知らないけど、ここを造るのを手伝ってくれたヒューマンの趣味らしいよ?」


「なるほど…」


 障子紙の代わりに薄く削った木を貼り付けた襖モドキを開けると、何と畳が敷かれた和室が広がっていた。


「これまた…」


「こんなところで畳を見るなんて」


「変な絨毯!」


 ワシとカイルにとってはある意味見慣れたものではあるが、畳を初めて見るライラにとっては木張りでも石造りでもない変わった固い絨毯扱いなのだろう…。


「絨毯という感想は予想外じゃった…」


「ハーブでも焚いてるのかなー、いいにおいー」


 けれども気に入った様でごろごろ転がってイグサの香りを楽しんでいるようだった。


「気に入ってくれて良かったよ。此処に来るヒューマンの中にはこの匂いが嫌いな人も居てね、それは里の前の草原に生えてるトーシンって草で編んだマットでタミーっていうんだよ」


「トーシン…とうしん…の…」


「母様、イグサじゃないんですね」


「とうしんはイグサの別名じゃよ」


「おぉ、母様は物知りですね」


「昔家の近くに畳屋があっての」


「なるほど」


「それじゃ、ごゆるりと」


 ワシとカイルがひそひそと話しているとジグルは踵を返しそのまま去っていった。


「ふーむ、では夕飯にするかの。ワシはいらんから二人は食べておくのじゃ」


「やっとごはんー」


「母様は食べないんです?」


「うむ、全く腹が減っておらぬ。さっきもジグルが言っておった通りワシはマナを吸収する能力に特化しておるようなもんじゃからの」


「なるほど…確かに時間の割にはお腹はそこまで空いては無い気が…」


「このような場所じゃから茶ぐらい飲みたいところじゃが…なさそうじゃの」


「残念です」


 こんな場所なので折角だから緑茶を飲みたい所だが、そのような物は置いてないようなので仕方なくライラとカイルの夕飯分を取り出した後、紅茶セットを取り出してそれを飲むことにした。

 この世界のお茶の主流は紅茶になる、とすれば当然緑茶があるのでは無いかと思うだろうが、そうは問屋が卸さなかった。なんとこの世界の茶葉は紅茶葉になるまで加工しないとまずくて飲めたものではない、烏龍茶葉にまでしてしまうと凄まじく苦くなりこちらは薬として扱われる事になる。


 和室で緑茶を啜れないというある意味で生殺しの目に合いながら、簡単な夕飯後すぐに寝息を立て始めたライラを寝かせワシらも床に就くことにするのだった。

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