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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
間章
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172手間

 登ってきた階段の反対側から姿を見ずともそれだけでも黄花晩節を紡いできたことが分かるしわがれた声。

 声の主を見やれば老樹の様にしわくちゃのおじいちゃんが、座椅子に腰掛け脇息に肘をつき頬杖をついてこちらを眺めていた。

 よく見れば座っている場所は舞台の様に一段高くなっており、着ているものがローブで髷を結っていないという事以外はまるで時代劇のお殿様か武将のよう。


「ほれ、もっとこっちに来なさい」


 脇息のない方の手でゆっくりと手招き姿は実に優雅で、それに誘われるように近寄るといつの間にか用意されていた座布団に思わず腰を下ろし正座をしてしまう。

 ライラはそもそも正座を知らないのでちょっとはしたないがだらんと足を投げ出し、カイルは当然知っているのでこちらも正座をしている。

 そして態々フェンの為にも用意されていたようで、フェンはその上で気持ちよさそうに丸まって休んでいた。


「何のようで来なすったのかね?」


「世界樹の街のギルドからの書状を届けに来たのじゃ」


「ほうほう…ふむ、それはジグルに渡しておきなさい」


「わかったのじゃ」


 直ぐ側に控えていたジグルに書状を渡すと老エルフに向き直る。


「ふーむ…何か聞きたそうな顔をしてるね」


「うむ…そうじゃの…ジグルや、ちとライラとカイルにここを案内してもろうても良いじゃろうか?」


「えぇ、いいですよ」


「えっ!いいの?やったー!」


「あれ?僕も?」


「うむ、流石にライラ一人じゃと何をするか分からんからのぉ…」


「あぁ…」


 座布団を蹴っ飛ばし階段のところで早く早くと急かすライラを追いかけるカイルとジグルを見送り、再度老エルフへと向き直る。


「さて話を聞いてもよいかの?」


「ほっほ、この老木に答えれる事なら」


「では…力を持った人を呼び寄せる物か術かを知らんかの?」


「ふむ………」


 一言呟くと老エルフは目をつむり、顎に手を当てその指先で円を描くように頬を撫で、まるで瞼の裏にある書庫を漁るかのように暫く思案していた。


「確かに知っておる…」


「おぉ!してそれは…!」


「まぁ、待ちなさい」


「何処に」という言葉を手と声で遮られ、少し浮いた腰を元に戻す。


「少し老木の年輪を聞いてくれんかね」


「うむ?そのくらいは良いのじゃが」


「ほほ、先程聞いたことにも関わることじゃ…そうさの…あれは双子の月が幾度も幾度も空に昇るほど前…」


 双子の月とはあの夫婦星の事だろう…あれは五十もの巡りの内に一巡りしか天に昇らない、それが幾度もとなると相当昔なのだろう、そんな風に古くボロボロの本を捲るかのようにゆっくりと老エルフは語り始めた。


「それが如何な物なのか、誰が造ったのか誰が置いたのか…それはこの老木にもわからん、だがそれはかつて此処にあった。けれども見ての通り今はそのような物は無い…いや失われてしまったと言えば良いのだろうか」


「失われた…?既にこの世に無いということかえ?」


「いや、失われているが存在はしておる。あれは確かに力あるものを呼び寄せた、ある者は叡智をある者は剛毅を…なぜかは知らぬがヒューマンだけが呼び寄せられ、また呼び寄せることが出来るのもヒューマンだけだった…」


「どこからそのような者を呼び寄せておったのじゃ?」


「それは女神のみが知ることであろう、その者らが語った言葉も力も叡智も今や失われている…それほど前のこと」


「まるで見てきたようじゃが…覚えておらぬのかえ?」


「左様、確かに見てきた事…しかしこの老木の記憶は年輪の奥底…そもあやつらが振るうのは此処ではない故」


「む、確かにそれもそうじゃの…」


「長く生きると物事は憶えていても…心の有り様は憶え続けることは難しい…気をつけることだ」


 その言葉に背中に氷を押し付けられたかのようにゾクリとする。何時かカルンと…カイルやライラと共に居たことは憶えていても、この気持を忘れてしまう時が来るのだろうか…。


「ふむ…その反応…やはり年若い長命種…のようだね」


「う…うむ…」


「気をつけなさいとは言ったが…それは更に更に先のこと、自身が刻んだ年輪が見えなくなるほど先のことだ安心しなさい」


 とは言え何時かはやって来るのだろうか…それを思うだけで陰惨たる思いになる。


「ふぅ…先のことを憂いても仕方の無いこと、話がそれたね…ある時呼び寄せようとしたヒューマンが、愚かにも呼び寄せる者に悪しき枷を嵌めようとしてね…その時にそれは砕けてしまったのだよ」


「そ、それは何時の事なのじゃ…砕けたという事はやはり壊れたのではないのかえ!」


 女神さまに言われた事に似ているその話に思わず腰が浮き問い詰めるかのような口調になってしまうが、それでも老エルフは皺に隠れた顔に表情を浮かべること無く話を続ける。


「落ち着きなさい…一本の木が森となるより昔の事だ…それと砕けたが壊れたわけではない、それは悪しき枷を嵌めようとした者の身に降り注ぎ、その者がそれその物になったのだよ」


「う…ん?」


「と言っても超常の力を得たわけでも無く人としての有り様そのままにそれの力を宿したのだよ」


「という事はそやつの子孫がその力を…?」


「そうであるが…そうではない、その力を行使するとその者は贄となり呼び出したものにその力を与えるようになった…」


「まるで呪いじゃの」


「枷への罰ということなのだろう…力を行使しなければそれは子へと受け継がれる、しかし厄介な事に以前はその物の側で無ければ呼び出せなかったものが、契約を知っている者であれば何処でも呼び出せるようになった」


 つまり何時いかなる時に贄にされるかわかったものではないと…それを知って生きていくのは実に恐ろしい事だろう…あの女神さま意外にえげつない。


「契約が失伝に近くそういうこともあり呼び出される者は減ったのだが…その特性故…今何処にあるかがわからんのだよ…」


「確かに期間が長いとは言えあっちこっちに行く可能性がある上に、それそのもの自体は何の力も発露せぬとなれば…」


「そう…誰が何時、何処でその力を身に宿しているかわからない…それ故契約は失伝されるべきなのだよ…」


「うぅむ…まいったのぉ…ワシはそれを壊す様に言われておるのじゃ…しかし人の身に宿しておるとなると…うぅむ…」


「長命であれば何時か相まみえ良い答えも見つかるであろう…」


「そうじゃと良いのじゃがの…」


「なるようにしか為らぬよ」


 その後はこんこんと取り留めのない昔話を聞かされ、開放されたときには既に陽は落ちきり、その日は丸太の家に泊まることになるのだった…。

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[一言] あれ、スズリは?
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