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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
間章
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171手間

 ざくざくと緑の絨毯を一文字に切り裂く道を三人で歩く。木々は目の前に生えている…聳え立つという言葉すら生ぬるい、既にそこに存在しているとしか言いようの無い世界樹それのみ。

 それなのにまるで神代の森を歩いているかのような濃密な木の気配。そよ風か無風程度なのに荒れ狂う暴風や迫り来る竜巻に向かって歩いているかのような圧力まで感じる。


 これら全ては世界樹が文字通り世界中に送り出しているマナによる影響だ。ともすれば物理的力にまでなりそうな程の濃密なマナの中では、宝珠があろうと無かろうと凡な者では一歩踏み出せれば英雄と称しても過言ではない。それほど凄まじいマナだ。

 生きとし生けるもの全てに必要なマナではあるが、これほど濃密なものの中ではその身を腐らす劇毒でしかない。世界樹の街はその物理的限界点に造られているという事が歩みを進めるほどによく分かる。


「うーむ、これは凄まじいの…ライラ、カイルや大丈夫かえ」


「大丈夫です…」


「わたしもー」


「くぅ~ん」


「では、少し早足で向かうのじゃ」


 カイルとライラ、そしてフェンが少し熱に浮かされたような声で返すが顔色自体は悪くない、けれどもこれ以上直接晒すのも危険だ…さっさとハイエルフの里に向かった方がいいだろう。

 フェンも普段はキリッと引き締まってる口元をだらしなく開けているのでライラの手を引き、もう目の前まで迫ったハイエルフの里まで足を早める。


 世界樹を中央にその根本はすり鉢状に大地が抉れ、ヨルムンガンドもかくやといった根が所々で露出しのたうつ大蛇のようにうねる。

 さらにはそこへ巨大な大地の皿に向け世界樹との対比で小川に見える大河が流れ込み、歩いて半日はかかるであろう距離にも関わらず流れ込む音が反響し響いている、滝となって流れ落ちる大河は高さのせいで底へと着く前に霧へと変わっている。

 驚愕なのはそのような巨大で本来であれば世界樹の影に隠されているはずの光景は、莫大なマナのためかその全てが陽光に照らされているかの様だ。


 ハイエルフの里はそんな非現実的な光景の中、まるでカッパドキアの奇岩のようにすり鉢の斜面から生えた木の根のようにも見える岩の上に造られ、そこへは大地の橋が頼りなく懸かっている。

 頼りないとは言うがただ単に世界樹の側にあるせいでそう見えるだけで、馬車が四台ほど並ぼうと余裕を持って渡れるほどのしっかりとした橋なので恐らく問題ないだろう。


「うーむ、これを渡るのかえ…。はぁ…覚悟を決めるしかないの、取り敢えず横風だけには気をつけるのじゃぞ」


「はーい」


 カイルは少し引きつった顔をして無言で頷き、ライラは返事はしたもののギュッとワシへとしがみついている。唯一フェンだけは威風堂々としている風だが、しっかりと尻尾が足の間へと収まっていた。


 ハイエルフの里は、いや里と言って良いのだろうか…簡単に言えば凄まじく巨大なカッパドキアの奇岩の上に凄まじく巨大な短い丸太が乗っているその一言に尽きる。

 よく見れば丸太の表面には窓の様に穴が空き戸がはめられているのが見えるので正しくあそこで暮らしているのだろう。その中で何人のハイエルフが過ごしているかは知らないが、言うなれば丸太で造ったハイエルフアパートみたいな物なのだろうか。


 大地の橋を戦々恐々しながら渡りきり、正面に見えるかなり詰まった木目が艶やかな扉についた木製のノッカーで叩くと、木で出来ているとは思えないほどにずっしりと重く響いた音に誘われて、扉の直ぐ側に控えていたのかそれともどこからか見ていて訪問を知っていたのか、観音開きの扉が音もなく開かれた。


「や、よく来たね。ささ上がってよ。あ、靴はそこで脱いでね」


 まるで昨日会った友人を家に上げるかのような気楽さでワシらを迎えてくれたのは、何時ぞや会ったハイエルフのジグルだった。

 玄関らしきところはかなり狭く正面には絵が描かれた屏風の様なものが置かれ、まるで武家屋敷の様な雰囲気を醸し出している。玄関から左右に伸びる廊下は丸太にそって曲がり先は見えない。

 屏風の裏側の方にはすぐ階段があり、今まで見たどの建物よりも狭い空間を最大限活用しようと思えるような雰囲気が感じられる。


「まさかこんな早くに来てくれるとは思わなかったよ、今日は何の用なんだい?」


「世界樹の街のギルドから書状をの」


「あぁ、そうなんだ。それじゃうちの爺に会わせないとね。じゃあこっちに居るから付いて来てよ」


「う…うむ、あ!待っておくれ、フェンは…この子はどうすればよいかの?」


 カイルとライラを紹介する間も無く、屏風の裏に消えようとしたジグルを呼び止めフェンをあげても良いか聞く、まさか土足厳禁とは思わず流石にこんな落ちたら想像するのも嫌な場所で外で待っていてもらうわけにもいかない。


「そうだね、足洗えばあげても大丈夫だよ」


「そうじゃったか、では洗うのでちと待っておくれ」


「わかったよ、ところでそこの二人はだれだい?」


「二人はワシの子じゃよ、ほれ挨拶を」


「私はライラだよ」


「はじめまして、僕はカイルです」


「そっかそっか、私はジグル見ての通りハイエルフだよ」


「ハイエルフ!ってことはやっぱりエルフも居るんですか!」


「居るけど此処には居ないね、あいつら引きこもりだから」


 やはりと言うかその名に反応を示したのはカイルだった、ジグルの見た目はまさどこぞの物語の中に出てくるようなエルフそのもの、多少でもファンタジーが好きな人であれば実際に会う興奮は如何程のものか想像できるだろう。

 大人しく足を洗われるままにされていたフェンを乾かすと、今度こそとばかりにジグルを先頭に丸太の中を進んでいく。幸いにも丸太の家の中は照明が無いにも関わらず、陽光が直接差しているかのような暖かな光に満たされていたので古い日本家屋のような急な階段も踏み外す事無く登って行けた。


 幾つかの階段を登り恐らく最上階なのであろう場所に出るとそこは丸々一つのフロアそのものが一部屋の様で、今までの狭苦しい廊下や階段を進んだせいかより一層のこと開放感を感じる。


「爺お客さん連れてきたよ」


「おぉぉ、よく来なすった」


 ジグルが声を張り上げると、部屋の奥からこの丸太の家の様に年輪を刻んだしわがれた声が聞こえた。その声は張り上げたわけでも無く大きいわけでも無いのに部屋に満ち満ちて、ただの一言なのに畏敬を感じさせるそんな声だった。

 その声の元を見れば座椅子の様なものに腰掛けた、数千年を刻んだ大木の樹皮の様にしわくちゃのおじいちゃんが居るのだった。

切り株の家ってちょっと住んでみたいですよね。

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