164手間
そして...十数年の月日が流れた...
何てことはなく六つほど巡り子供達は八歳になった、産まれた日を気にするのは名付けの儀式の時だけで、後は巡りを跨ぐ毎に一つ歳を取る数え方になるため四期の末に産まれた二人だと実質は七歳くらいだ…。
とは言え七五三みたいな行事もないので一歳や二歳程度は誤差だ、特にうちの子二人は宝珠持ちなので実際本当にその程度なのだ。
「母様行ってきます」
「いってきまぁす」
「うむ、二人共気をつけるのじゃよ。エラや後は頼んだのじゃ」
「はい、かしこまりました」
そして今日は遂に学校組織の前身となるであろう学習院の初登校日だ。周知や諸々の制度を定めるのに少し時間がかかったが何とか子供たちの成長に間に合った、ライラにかなり懐かれて乳母からそのまま家の使用人となったエラが操る馬車に揺られて学習院へと向かう二人を見送り、ワシは屋敷へと戻りつつ学習院設立までを思い返す。
学習院の施設は孤児の人数が減り使われなくなった孤児院の一つを改修しそのまま使い、先生は孤児院で元々孤児たちに読み書きを教えていた人や教会の神官が務める。
思い返すと言っても周知や制度はお父様やお兄様に丸投げだったのでワシは知らんが、教会への説明をワシは行った。主に設立の意義などを…。
この学習院では読み書き計算だけでなく、神官の説法による道徳の授業も取り入れる。これにより教会は快く使われなくなった孤児院と教師の提供を行ってくれた。
教会としてもお祈りや説法を聞きに来るのは年寄りばかりで、如何に若者を取り入れるかに悩んでいたそうで、まさにお互い渡りに舟というやつだ。
学習院と大仰な名前が付いているが、教師役も少なく言い出しっぺのワシも教鞭をとることになっているのだが、やはりそれでもまだまだきちんと沢山の子供に教えれる下地は出来ていない。
なのでまずは余裕のある貴族や裕福な商人などの子供相手の私塾の様な体制になっている、そして教師の不足よりも重要な問題は土地が無いこれが大問題。
カカルニアは立派な防壁に守られているが、これが逆に新たな住居などの建設を邪魔して建物が増やせれなくなっている、なので現在北から新たな防壁を立てつつ土地を確保している状態だ。
今の防壁の外周をぐるりと新たな防壁が囲うことになり二重となる計画なのだが、ぐるりと回るまで待っていてはどれほど時間が掛かるかわからない、なので新しく出来た防壁と今ある防壁の間に仮の防壁を渡しその内側に建物を建て、防壁がある程度伸びたら仮の防壁をずらしてそこまでさらに建物をという建築方法を採っている。
建築開始から巡りを四つほどを使い旧壁の北門から西門にかけて新防壁は四分の一ほどが完成している。そしてそこにまず建てるは居住区画、何をするにしてもまずは人だ人が必要だ。
幸いにして晶石の採掘なども順調で我が領は好景気、新市街の建設も進み人が増え、建築や治安維持の衛兵の等などの増強による雇用の増加で更に人が増え、人が増えたことによる消費の増加で経済が回る。
「うむうむ、子供たちの未来は明るいのぉ」
順風満帆な風を感じつつ、ワシの仕事をするためにあてがわれた部屋へと向かう。前世の知識を駆使すればこの世界の書類仕事など児戯にも等しい…は言い過ぎにしてもかなり簡単に感じる。
ぶっちゃけ輸出入の数字を見るだけみたいな仕事なので別に前世の知識が無かろうと簡単だったりするが…。
「しかし…西は何を考えておるのかのぉ…」
細々となっていた西多領との交易が遂に零となり、明確な線引は無いのだがこちらの領との境に関を設けて通る人から通行税を取り、更には街に入るときよりも厳しい検査をするようになったと報告を受けている。お蔭で西との交易どころか人の行き来も殆どなくなっている有様だ。
「これではまるで…戦争の準備のようじゃ…」
北とはどうなってるのか分からないが関を設け、物資どころか人の行き来すら止めて何かするのかと言えばそれしか無いだろう。経済力で言えば此方のほうが圧倒的に格上のはず、逆であれば制裁などなど理由が考えれるが…もし経済などに詳しい者が居れば別の可能性も考えつくのだろうが、あいにくワシにそこまでの知識はない。
「一応お父様にもその可能性は伝えておるが…」
その為防壁も当初は北をまず覆う予定だったものを西方面へと急遽伸ばすようにしたのだ、幸い治安維持の名目で衛兵を大幅に増加させてもおかしくはない状態なので戦力としては申し分無いはず。
戦略ゲームであれば確実にスパイが潜り込んでるであろう現状でも、恐らく相手方もこっちも戦争の準備をしてるとは思われないはず…たぶん。
「杞憂であればよいのじゃが…」
正直この世界の戦争なぞ想像もつかない…攻城兵器などあるのだろうか…だとすれば作りかけの防壁なぞ一溜まりも無い、とは言え大規模な人数が動くとそれにおびき寄せられて魔獣や魔物が集まってくる。それが大規模な戦争が起こらない理由でもあるのだが、それでも人数にものを言わせた戦術に思い至っていないとは限らない。
「ふぅ…ダメじゃの悪い方、悪い方へ考えてしまうの」
「そのお歳で最悪を想定して動かれるのはご立派だと思いますが…」
「むっ!ライニかえ…ノックくらいして欲しいのじゃ」
「申し訳ありません、扉が開きっぱなしでしたもので」
「むぅ…そうじゃったか…」
独り言に反応を返され慌てて書類から顔を上げれば、そこにはまさに絵に描いた老執事をそのまま再現したかのような壮年の男、ライニことラインハルトが立っていた。
「ちょうどよい、お茶を頼むのじゃ」
「かしこまりました」
パタリと扉を閉めてライニが部屋から辞するとギィと音を立て、深く椅子へと座り直し天井を見つめる。
「そう言えばアレックスは西との護衛ばかりしておると言っておったのぉ…何ぞ知らぬか聞いてみるのも良いかもしれんの…」
暫く会っていない人物を思い出し、ライニが帰ってきたらギルドに誰か言付けを持っていくよう頼むかと、深呼吸をして残った書類のへと目を通し始めるのだった。




