163手間
カルンの…今はワシら四人の部屋、子供たちがこけても安全なように大人が何人も大の字になって寝転がってもなお余りある広さのラグが敷かれた一角。
はしゃぎ疲れて寝てしまったライラの背をぽんぽんと叩きながら、カルンから受け取った書類のチェックをしている、これがワシの今の仕事…と言っても子供たちのお昼寝の間くらいしかしていないが…。
ふと先程まで聞こえていた本をめくる音が聞こえないことに気付き顔を上げると、開いたページ其のままに本を枕にカイルも気持ちよさそうに眠ってしまっていた。
「ふふ、仕方のない奴じゃのぉ」
ライラがはしゃぎ疲れて眠り、その後カイルに読み書きを教えたり一人本を読みながら眠る、そうして二人共お昼寝に突入するのが最近のお決まりになってきている。
よだれが付かないようそっと枕にしている本を抜き取り本棚なんて物はないので戸棚にしまう、本の内容は技や魔法の種類そしてそれの効果的な使用法の例などが載っている実用書だ。
正直一歳ちょっとの子供が読んで面白いものかと言われれば疑問なのだが、本人は熱心に読んでいるようだし子供は何に面白さを見出すか分からない、何より本を読むことは良いことだ。
戸棚に仕舞うと眠りの深いライラの方を動かしカイルと並べて毛布をかける、二人のかわいい寝顔がよく見えるように髪をそっと撫でてから残っている書類へと目を移す。
「うー…かーしゃまぁ…?」
「はいはい、母様はここじゃよー」
目を通し終えた書類がだいぶ増えた頃、側にワシが居ないことに気付いたのかライラが起きてぐずり始めた、ワシに周ってくる書類はそう急ぐものでもない今日はここまでだなと書類を片付け、ライラが本格的に泣き出さない内に添い寝をしぽんぽんと背中を叩く。
すぅすぅと再度かわいらしい寝息を立て始めたら背を叩くのを止めライラの額を撫でると、ワシも意外と疲れていたのかすっと眠りに落ちていった。
パチリと目を覚まし寝転がったまま首を回し窓を見れば、それを染める色は既に夕焼けの色で、あぁこれは夜ライラの寝付きが悪いだろうなとまだ寝てる子供たちを見れば、ライラ、カイルと挟む形でにこにこと今しがた良いものを見たとばかりの笑顔のカルンが頬杖をついて寝転んでいた。
「カっカルンや…いつ戻ってきとったんじゃ?」
「少し前に」
「くぅ…じゃったら起こしてくれてもよかったろうに」
「あまりにも気持ちよさそうに寝てたので…それに寝顔をもっと見ていたかったもので」
「むぅ…ワシの寝顔くらい毎晩見ておろう?」
「毎晩くらいじゃ足りませんよ、それと貴重なお母さんの顔の寝顔でしたから」
「む…ぐぅ…」
カルンがいい笑顔で訳の分からない事を言い始めたが、その言葉に気恥ずかしさを感じ顔が真っ赤に火照るのが触らずとも分かる。
「うーん」
「ほっほらバカなことなぞ言っておるから、カイルが起きてしもうたではないか」
「ライラはどうします?」
「起こさねば夜寢れんくなるじゃろうし起こすのじゃ」
カイルを抱き上げるとまだまだ恋しいのかぎゅっと抱きついて胸に顔を埋めてくる、ずっしりと腕に来る重みは産まれたときの比ではない、幸せそうなカイルの顔にまだまだ寝かせてやりたくなるが、そろそろ夕飯でもあるので揺すりならが声をかけてゆっくりと起こしてやる。
見ればライラも同じようにカルンに起こされている所だった、二人共ぐずること無く起きれば丁度夕飯が出来たとエラが呼びに来るのだった。
いつもの様にライラが遊び疲れて寝て、カイルが本に夢中になっている間に書類に目を通しているとページをめくる音が消えたので寝たのかなとカイルの方を見れば、カイルがワシの事をじっと見つめていた。
「どうしたのじゃカイル?」
「かーさま、むずかしい顔してたから」
カイルはやはり賢い…いや天才だろう大天才だ。もうすぐ二歳になるとは言えまだまだ舌っ足らずながらもしっかり話すことが出来て、こちらの感情も慮れる事ができるライラも同い年の者より喋れるがそれでも単語を少し繋げれる程度だ。
食事の時だってライラはすでにスプーンやフォークで食べれるが、補助してやらないと食べこぼしがかなり多いのに対しカイルは殆どそれがない、ライラが二歳から三歳程度の進み具合だとしてカイルは四、五歳と言ったところだろうか、二人共ワシには勿体無いほど出来た子だ。
話がそれたがカイルの言った通り確かにワシはいま難しい顔をしていただろう、何せ書類をざっと見ただけで分かるほど西の多領との輸出入の数字が不自然なほどに落ち込んでいるからだ…、とは言えこんな事はいくら大天才とは言え子供にいっても詮無きことだろう。
「だいじょうぶじゃよー、ちと文字を見すぎて疲れただけじゃ」
「やすむ?」
「そうじゃの、母様も休もうかの…ほれおいで」
「んー…うん!」
ころんと横になりこちらにおいでとラグを叩くと、その動きの意味を少し考えたのか首を傾げたが、それが一緒に寝ようという意味だと理解できたのだろうトテトテと歩いてきてすぐ横でころりと寝転んだので、ぎゅっと抱きしめてやる。
最近寝る時はいつもライラの側だったので偶にはと言うやつだ、カルンは近頃仕事の量が増えているのか夕飯時まで帰ってこないことが多い、なのでますますパワフルになってくる二人の相手をするのがきついがエラも居るのでなんとかやっていけている。
その後…幾つかの巡りを経てゆっくりと西との交易が少なくなっていった…本当にゆっくりなペースだったのと輸入に頼っている品は無かったので特に大きな混乱もなかったのだが、そのせいで西に行く商人や護衛が減り西の情報が不気味なほどまでに入らなくなって来ていた、子供たちが大きくなるまで何事も無ければいいのだが…。




