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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
間章
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160手間

 あれからぐんぐんお腹が大きくなり、さらにぐんぐんと大きくなり獣人の妊娠期間が短く、ワシが小柄だとは言え流石におかしいと治療師が呼ばれ、トラウベというハンドベルの様な形をした初期の聴診器に似た器具でお腹の音を聞かれている。

 歩くのも中々難しくなるほどの大きさのお腹に、様々な角度から当てられる聴診器が少しくすぐったい。


「これは…双子ですね」


「そう…双子なの…」


 双子…通りでお腹を蹴る数が多いと思ったが双子かぁなどと顔がにやけるワシとは裏腹に、治療師とお母様二人の声に喜びの色はなく重苦しい空気が流れる、その雰囲気にファンタジーもののお話では双子は不吉の象徴で、生まれた直後に片方を殺すという事がある種の舞台装置として定番な事を思い出し、サッと顔色を青くする。

 お話ではそこから不憫に思った使用人や親が片方を孤児院に預けたりなどと続くが、当事者になるかもしれないと思うと


「お…お母様…ふ、双子は不吉とかそう言う…」


「えっ?あぁ…ごめんなさいね、私達が不安にそうにしてたらダメよね…。安心して双子はむしろ吉事よ」


 お母様の言葉にほっと大きすぎるお腹を擦る。妊娠の影響なのか良い方にも悪い方にも簡単に感情が振り切れるようになってしまった。お蔭で吉事と聞いて先程までの陰鬱な気分は吹き飛んでしまう。


「ん~…」


「奥様少しお耳を」


 治療師の人が少し離れた位置にお母様を連れていき何事かを話しているが、よくはち切れないなと思うほどに大きくなったお腹を擦るのに夢中で、そちらにまでは気が回らなかったので何を話しているのかは分からなかった。

 お母様の顔があからさまにホッとしたような感じなので、きっと悪い話ではないのだろう。


「セルカ様、これより暫くは念のため毎日お子様の心音を聞きに参りますので」


「わかったのじゃ」


 それから数日に渡りきた治療師の人は産むまでは決して気を抜けないが大丈夫であろうと隔週くらいの往診に変わり、どうやらお見舞いも制限されていたらしくアレックス達だけでなくギルド長まで来てお腹の大きさに驚くのが定番の様になりつつあった。

 アイナに至っては将来そうなるであろう事もあり、お腹の大きさに若干怯えていたがワシが双子だからと言えば、あからさまに胸をなでおろしていたのがおかしかった。


「くぅ~」


「ふふふ、フェンもお兄さんじゃからの。ワシの子に優しくしてやるのじゃよ?」


「ワン!」


 だいぶ子犬らしさも抜けて凛々しくなってきたフェンはそこに子供が居るというのが分かっているのか、ワシが四六時中寝台で横になっていることもあり頻繁にお腹を前足でぺちぺちと叩くと、それに合わせてなのかお腹の子もぽこぽこと反応するのが堪らなく愛おしく思う。

 そして肝心のカルンといえば…。


「僕がお父さんですよー」


 フェン以上に凛々しくなってきた顔をこれでもかとばかりにデレデレと崩し、お腹に頬ずりせんばかりの勢いで耳を当てまさに親ばか丸出しと言った感じになっている。


「男の子かな…女の子かな…」


「双子じゃからの、どちらともと言う事もあるやもしれんがの」


「どちらにせよセルカさんの子ですから、それはもうかわいいでしょうね」


「カルンの子じゃからの、かっこいいのは確定じゃろうて」


 お腹は日に日に大きくなっていくが、毎日エラが塗ってくれているオイルのお蔭か張っている割には痛くもなく、大きくなるお腹に成長する我が子を見て微笑むそんな日々の中、マタニティドレスの胸部分にじわりと染みが広がってるのに気づき、襟首をめくって中を確認すると黄みの強いクリーム色の汁がベッタリと付着していた。


「エ!エラやーエラやー!」


「はいはい。どうされました?」


「きっ黄色いおちちが、ワシ病気なのかえ!」


 慌てふためくと言っても寝台の上であわあわしているだけなのだが、そんなワシにエラは「大丈夫ですよ」とふわりと微笑む。猫がそのまま直立歩行を初めたかのような見た目だが、これでも五人の子供の母らしくたった一言ではあるがとても説得力の有る一言にほっとするのだった。

 前世の知識があるとは言え元男…さすがに妊婦の事なぞ門外漢も甚だしいので、こういった事にはどうしても慌てふためいてしまう。


「それはちゃんとお乳が出ますよという合図ですのでご安心を。この様子ですとお乳が不足することも無さそうですし一安心ですね」


「そうじゃったか…しかしこの色はちと不安なのじゃが…いつまでこの色なのじゃ?」


 母乳と言えば白やクリーム色みたいなイメージがある、黄みが強い今はどちらかと言えば膿の様な気がして不安になる。


「そのお色は子供の体を丈夫にする証ですので…そうですねぇ、いつまでと言っても人によって差はありますが産後十日もあれば白くなるかと」


「なるほど…では大丈夫なのじゃな?」


「はい、病気などではございません」


 その言葉を聞いて安心するとともに、早くこの手に赤ちゃんを抱きたいな…なんて考えた途端ズキリとお腹に痛みが走り顔を歪める。


「セルカ様、少し失礼します」


 エラがワシの股に顔を埋め何やら調べているが、今は恥ずかしさよりも痛みでそんな事を考えている暇など無かった。


「セルカ様。まだ痛みは不定期ですが、短く定期的になれば赤ちゃんが産まれる合図です。ですが今のままですといつ産まれるのかまだまだ分かりませんので暫く様子を見させていただきます」


「わ…わかったのじゃ…」


 長い人だと一月ほどこれが続くと聞いて軽く目眩を覚えたものだが、我が子のためと覚悟を決めて三刻ほど…痛みが短く定期的になり始めたような気がする。


「セルカ様またも失礼します。これは…開き始めてますね、すぐに産婆をお呼びしてきます」


 それからはよく覚えていない、色々声をかけられてソレに答えた気もするし、ずっとカルンに背中を擦られていた気もするが痛みのせいでそれどころではなく、意識を手放すことも出来ずひたすら痛みに耐えるのだった。

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