158手間
ゆらゆらとハンモックに揺られぼんやりとしている、何か嫌なものに遭った気がしたが日差しのせいかぽかぽかと温かく、そんな事も気にならなくなってゆく。
ハンモックの揺れがなくなる頃、遠くからタタタタと軽い足音が聞こえてくる、足音の軽さと音の重なり具合からしてきっと子供が二人くらいだろう、足音からでも楽しそうな気配が伝わってくるが瞼は重くけれども心地よいそれに逆らうこともせず委ねていると、急に足音が聞こえなくなったかと思った瞬間トンッと衝撃とも呼べぬほど弱々しいが確かな感触を感じ、今まで感じていた重さが取り払われまるで反動の様に目を開く。
「ん…んぅ…」
「あ…よかった起きたんですね…」
思わず漏れた声に反応したのかカルンが声をかけてきたのだが…目の前が真っ白だ。
「なんじゃぁ…前が見えぬ…のじゃ」
「ふふっ、フェン達がさっきまで心配そうに顔を覗いてたんですけどね、今しがた寝ちゃったんですよ」
真っ白な壁に手をのばすと確かにそれはふわふわとした感触を返してきた、一通りその手触りを楽しむとスズリとフェンを起こさないようにゆっくりと体を起こす。
ゆっくりと覚醒する頭で周りを見渡すと、手作り独特と言えば良いのか温かみのある石をくり抜いてできた壁や天井、そして何よりも寝台が目に入り否が応でもここがダンジョンでは無いことを知らせてくる。
「いつの間にダンジョンから戻ってきたのじゃ…?」
「セルカさんが気絶した後に三十階奥の転送装置で戻ってきたんですよ」
その瞬間チリッとした感覚とともに虚の目を思い出し体が震えだす。
「そ…そうじゃ。あやつは、あやつはどうしたのじゃ」
「セルカさんが気絶する前に倒しちゃいましたよ、突然大声をあげたと思ったら爪で一撃でした」
カルンはまるでぐずる子供をあやすかのように、ふわりとワシを抱きしめて背中をぽんぽんと叩いてくれる、その温かさにゆっくりとゼンマイが緩むように体の震えが引いていく。
「誰も怪我などしておらんかの?」
「えぇ、セルカさんのお蔭でみんな無傷ですよ」
「そうか、そうじゃったか」
「ですから、いまはゆっくりと…ね?」
カルンに優しく支えられ寝台に横になると、まるで魔法をかけられたかのように再び瞼の重さが増してくるのだった。
「おやすみなさい」
それはカルンの声だったのか夢の中の声だったのかはわからない、けれども夢の中の…子供たちの楽しそうな笑い声だけはしっかりと耳に届いていた。
「ここをこうして…こうじゃ!」
「随分ごきげんだなぁ…」
「あやつらがおらんのじゃご機嫌にもなろうというものじゃよ」
言葉の通り三十一階層からは石像どころか魔物…トラップの類さえ見かけなかった。その代わり行く手を阻む仕掛けの数々は質も量も今までとは比べ物にならないほどになっていた。
さしずめウィルスに侵された奴らが出てこない洋館やタヌキみたいな街といえばいいだろうか、仕掛けを解くためにあっちに行ったりこっちに行ったり、アレックスは愚痴をこぼしていたがワシの心はあの石像が居ないと言うだけで、快晴の空のように晴れやかだ。
地図にはしっかりと書き込まれているため一度はここを攻略した人がいるのだろう。だがその内容は多分こうすればいいんじゃないかなとか、かなり遠回りだったり手間が無駄にかかるやり方だったりした、ワシからしたらどこかで見たことある仕掛けなので解き方もパッと思いつくが、やはりテレビゲームなぞ有りもしないこの世界の人にとってはわけの分からない問題なのだろう。
「これが最後の扉かの」
「かもな」
道中手に入れた石版を扉の両脇のくぼみにはめ込み、すこし出っ張ったままの石版に手を伸ばす。
「ではカルン、先程言った通りじゃ」
「はい!それでは…せーの」
カルンの掛け声と共に同時に石版を押し込むと鈍い音ともに扉が開くと先へと続く階段が現れた。
「さてなにが出てくるかの」
「またあの石の野郎だったりしてな」
「ふむ、ではアレックスや見てくるのじゃ、石像だったらおぬし一人で戦うが良い」
時間経過で扉が閉まってしまうので扉の中には入っているものの、先は見えないのでアレックスの背中を押して先を見てくるよう促す。
「あぶねっ!階段で背中押すんじゃねーよ」
「ふん!言うてはならん事を言ったおぬしが悪い」
「たく…わかったわかった、見てくりゃ良いんだろ」
「あっ一人じゃ危ないし僕も行ってくるね」
地図によればそういった輩は居ないはずだが念には念を入れてだ、ボスが居ないだけで石像は居るかもしれない、失言により見事大役を仰せつかったアレックスにとことことアイナが付いて行った。
「特に何にも無かったぞ」
「うん、いっぱいなんか部屋に付いてるだけでなにもなかった」
「なるほど…アイナが言うなれば本当じゃろうの、ご苦労じゃったな」
「おい!俺は!」
暫くして戻ってきたアイナの言うとおりなら安全だろうと、どこかに魔物でも居るのだろうか…騒がしい声を背に階段を降りて行くと、壁や天井にはまるで染み出してきた液体がそのまま結晶化したかのようにびっしりと魔晶石が張り付いていた。
そんな部屋の中央にあるのは他の階層にあるのと同じ転送装置、それがここが最奥では無いことを示しているのだが…。
「話によればこの先に進む扉があるはずなのじゃが…」
「セルカさん、あそこ」
「ん?おぉ…。あれは扉かの?」
カルンが指差した先、ほとんど魔晶石に埋もれているが不自然に一部だけ剥がれた魔晶石の隙間から真っ黒な石材が顔を覗かせていた。
恐らくこれを見つけた人の時はもっと広く剥がれ落ちていたのであろう、魔晶石がまるで傷口を塞ぐかのように剥がれている箇所に向かって伸びているのが近づくとよく分かった。
「ふむ、ワシの魔手であれば剥がすのは容易であろうの」
そう言ってむき出しになっている黒い石をなぞった途端ミシミシと堅いものを無理やり引きちぎろうとするかのような音が部屋中に響きはじめた。
「なんだ?なにが起こってやがる?」
「何かが動こうとしておるようじゃが…」
ミシミシパキパキと音がするだけで何かが動く気配はない、ふと魔晶石で塞がれた扉であろう場所を見れば、パラパラと細かい魔晶石の粉が音に合わせてこぼれ落ちているのが見えた。
「なるほど、そういうことじゃったか」
扉であろう場所に付いている魔晶石を、まるで魚の鱗を落とすかのように吹き出るマナを一身に浴びつつ魔手でこそぎ落とすと、ついに今までとは違う岩を削るような音をあげ扉がその役割を果たすのだった。
「魔晶石が張り付いておったせいでずっと見つからず、ソレのせいで開かんようになっておったようじゃの」
「なるほど、確かにわざわざ魔晶石をひっぺがしてなんて危険な事するやつはいないわな」
魔晶石に限らず、晶石や魔石も無理やり破壊するとその身に溜めたマナを一気に吹き出してしまう、結晶化するほど高濃度のマナなので普通はそれほどのマナを浴びたらタダでは済まない、今回はたまたま高濃度のマナでも平気なワシが、魔手でマナをある程度吸収しつつ行ったので無事だっただけだ。
「さて先にはなにがあるかのぉ…」
今までは階段だったのだがその先はまっすぐと伸びる通路…いや空中回廊だろうか、左右を見れば凄まじい大きさの魔晶石が恐らく上下に長い部屋なのだろうそこかしこから突き出し空間を隙間なく埋めているようだった。
「これは何とも凄まじいの…」
「すげぇ…な、しかし落ちたら無事じゃ済まなそうだなぁ…」
皆が感嘆のため息を漏らし、通路の縁から恐る恐る下を覗き込んでいたアレックスがぼそりと呟くように吐き出した。
魔晶石に囚われていた目を漸く通路の先へと移すと、そこにはフジッリと呼ばれるパスタの様な螺旋状の物体が部屋を上から下へと貫くかのようにそびえ立っていた。
「うーむ、これを伝って行けば下に降りられそうじゃが…」
「いやー、さすがにこれは途中で足踏み外すだろ…」
金属にも石材にも木材にも見える不思議な材質で出来たソレの表面は魔晶石が放つ輝きを受けて得も言われぬ光沢を放ち、見事に磨き抜かれていることを示している、たしかにこんなものの上を移動すればつるつると滑る姿を想像するのは難しくないだろう。
「それもそうじゃな、これは帰って報告だけしたほうがよいじゃろう…な…」
くるりと螺旋状のモノに背を向けて歩き出そうとした瞬間、足場が崩れた。
「大丈夫ですか!」
どうやら足場が崩れたわけではなくワシがぐらりと倒れかけたようだ、カルンの腕に身を預け俯くと視線の先にはしっかりとビビ一つ無い通路が目に入る。
「やっぱり無理してたんじゃないですか、早く戻りましょう」
「う…うむ…」
朦朧とする意識の中、カルンの背中の温かさだけがいやにはっきりと存在しているのだった。
唐突ですがこの章はこれでおしまいです。
色々と書きたい話を思いつく度に書き足していたら、肝心のダンジョンがおまけのように…。
セルカの体調不良の原因は…まぁ…あからさま過ぎますよね…。
次の章自体が閑話の様になりそうなので、次回からすぐに新章突入となります。
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