155手間
寝る直前まで続いていたシクシクとした痛みは無く、体を起こして伸びをすればころりと腹の辺りで何かが転がったのが見えた。
何事かと顔を巡らせば、転がった拍子にあられもない姿になったまま寝ているフェンが居た、寝る時は少し離れた場所でスズリと一緒に丸まって寝ていたはずなのだが、フェンも昨日のアレがよほど恐ろしかったのか夜中の内にワシの上かどこか知らないが移動して寝たのだろう。
普段はきっちりと舌など出していないのだが、気持ちよさそうに寝ている今はだらしなく口から舌が垂れ、ふわふわの毛に覆われたお腹を晒しているので、こちょこちょとそのお腹を一通り気の済むまで撫でると、何となしにスッと体が軽くなったような気がした。
「これがアニマルセラピーとか言うやつかのぉ…」
寝台から降り、肌蹴た毛布をまだ寝ているカルンにかけなおしてから宿の入口へと向かう。
廊下に出るとヒンヤリとした空気が体を包み、まだ人が活動していないと言うことを静寂で語っているかのようだった。
「よう嬢ちゃん、まだ朝の鐘は鳴ってないから食堂行ったってまだやってないぞ?」
「ちと朝の空気とやらを吸いに行くだけじゃ」
「そうか、どうやら外は猛吹雪らしいからな。入り口には近づかないほうが良いぞ」
「なるほど、わかったのじゃ」
何かしらの準備をしていた宿の人と挨拶とも呼べぬ会話をして宿を出ると、昼間は賑わっているダンジョン前も今は閑散としており、最低限の明かりだけを残し薄暗闇が広がっていた。
ここは洞窟内なので昼夜など本来存在しないのではあるが、それでは体調を崩してしまうと知っているのだろう、朝の鐘とともに更に多くの明かりを灯してこの洞窟内を照らすことにしていると食堂の人に教えてもらった。
思いっきり伸びをして深呼吸をしているとカン、カン、カンと鐘の音が洞窟内に響き渡る、するとのそのそと冬眠から今しがた這い出たばかりの熊の様な動きの人が、今は消えている明かりへ火を灯して周り最後に広場の中央にある大きな焚き火へ火を熾してから何処かへと去っていった。
この焚き火はハンターからの薪の提供で維持されているらしく、ワシも少し多めにガラガラと薪が集めてある場所に置いてから宿へ戻ることにした。
「まさかもう朝食ったのか?」
「散歩しておっただけじゃ」
宿に戻ると朝の鐘で起きたのか、まさかとは思うが離れた食堂からの香りで腹を空かせて起きたわけでもあるまいが、皆がそこに勢揃いしていた。
「ちょうどよい、どうせじゃから皆で食べに行かぬか?」
「もとよりそのつもりだぜ、お前が外に散歩行ったって聞いたから待ってたんだ」
「そうじゃったか、それではおぬしの腹の虫があばれん内に行くとするかの」
「暴れてぇっつの!」
踵を返し流石にまだ早いのか、幸いにも座るテーブルは選び放題な食堂で適当な場所を陣取り運ばれてきた朝食に手を付ける。
「ほれほれカルンや、ワシのを食べるとよいのじゃ」
「ありがたいですけど、セルカさんはそれだけで大丈夫なんです?」
「知っておるじゃろう?ワシは少食じゃて。それに今はお肉より魚の気分なのじゃ」
「つってもこんなところじゃ魚なんて出ないだろ?それにちゃんと肉食えよ、肉を」
「別に良いじゃろう?今日はダンジョンには潜らぬのじゃし」
ハンター御用達のせいなのか朝から肉たっぷりの朝食に食指が動かず、よそわれたお肉の大半を隣に座っているカルンの皿へと移している。
食欲がそこまで無いというのもあるが、肉が大半を占める料理でその大半を移せば残った量は雀の涙ほどになるのが道理だが、それでも十分腹が膨れたと思えるくらいなのでこの体の燃費の何と良いことか。
腕輪があるので物資の軛などあってないものなのでほとんど意味はないが、各地を長期間まわるハンターにはこれ程無い資質であろう。
「ダンジョンと言えば、昨日は疲れててすぐ寝ちまったが、手に入れた物の確認しねぇ?」
「それもそうじゃが…ここで確認するようなもんでもないし、宿に戻ってからワシの部屋で良いんじゃないかの?」
「あー、それもそうか」
ジョーンズが言った通り恐怖の階層でもちゃっかりお宝は手に入れてきている。いや、その殆どが石像を回避するために入った部屋で偶々だったり、休憩するために開放した部屋で少しでも気を紛らわすために手に入れたものと言った方が良いか。
薄暗く無闇に明かりを点けるわけにもいかなかったので、殆ど確認すること無く腕輪に収納し、結局数も何かも確認すること無く皆寝台に潜り込んだのだ。
「アレだけ苦労して手に入れたんだ、大したものじゃなきゃ泣くな」
「では涙を拭う布を用意しておくんじゃな」
「そうならないことを祈るぜ…」
アレックスの言うとおりアレほどの思いをして手に入れたのだから良いものが混じっている方がいい。だがここはあまり質が良いものが出にくい傾向があるので、期待しているとその分がっかりしたときの落差も大きい。昨日とは別種の精神攻撃を受けたくない。値打ちものが無くともせめて面白いものがあればと皆で宿に戻るのだった。




