154手間
ワシらは今ダンジョンの攻略を中断し、各々宿の部屋で二日ほどの休憩をとっている。ハンター…というか宝珠持ちはマナの濃い場所だと、暫く不眠不休でも平気なほどの体力を得られる。勿論それにも限りは有るし人によっては、宝珠がない体力自慢の人より少し体力が多いかな程度でしか無い場合もある。しかし、そんな体力お化け揃いのハンターでも唯一宝珠を持たない人と同じ程度しか鍛えれば居場所がある…それは精神だ。
それは要するに気疲れとか、一部の人向けに言えばSAN値と言うやつだ。水のダンジョンは容赦なくそこを削ってくる所だった、火のダンジョンより難易度が低いなどと舐めてかかれたのは二十階層までだった。
その先の厳しさを知っているのか皆そこで稼いでいるのか今まであまり人を見かけなかったのだが十六階層からは格段に人が多くなり、二十階層まで行くとまるでサービス開始直後のオンラインゲームかと見紛うばかりの人だかり。その中にあの気持ち悪い声の男も居て、向こうも此方に気付いたのかちらりと見てきたがそれだけで、あの首輪付きの人達を引き連れて何処へと去っていった、心なしか連れている人が減ってる気がしたが…。
その後は二十階層のボスも屠り、意気揚々と階段を下って行き二十一階層まではまだ良かった…。転送装置の部屋を過ぎ階段を降りきるとそこは階段のある通路から漏れる光の先は薄ぼんやりとしか見通せず、ワシの目ですらそれなのだからヒューマンの目から見たら暗闇の世界も同然だろう。
たまらずジョーンズが法術で辺りを照らせば、その光におびき寄せられたのかまるで暗闇から生まれ落ちているかのように、次々と魔物が文字通りワシが光を握りつぶすまで襲われ続けた。
「この暗さじゃ、先に進むことは出来るだろうが…」
「地図になんぞ書いておらんかのぉ?」
「んー?あぁ…書いてないな暗闇に注意しろとしか」
「役に立たぬ奴らじゃのぉ」
「描き上げただけ立派なもんだって」
地図はサンドラから全て譲り受けたものだから値段は知らなかったのだが、さすがと言うか当然と言うべきかダンジョン前の露店で売っていた地図は、相場なのかそれともこういう僻地故のぼったくりかは知らないが二十階層まででもそれなりの値段だったのだが、二十一階層からは桁が一つ二つ違う値段だったのがここに来て納得できた。
だが前世がゲーマーだったワシの勘がここで一つ解法があると告げていた、何せここまでの道のりでまさか現実で石像を押したり向きを変えたりして扉を開けるという体験をするとは思ってなかったのだが、それを乗り越え確信したのだ…ここ造ったやつは絶対前世のワシと同類だと…。
「ちと試したいことがあるのじゃが…」
「何だ?」
「魔物の襲撃に気をつけて欲しいのじゃよ」
「まぁ…いいんじゃね」
「んむ」
取り出したのは幾つか前で手に入れたランタン、どうやら遺物のようで周囲のマナを使い光るというもの、しかしある欠点がありそれのせいで価値はないだろうが遺物だから一応取っておこうとなった一品。
それだけ聞けば先程の法術で照らしたときの様に魔物が寄ってくるかもしれないと思うが、実は先程まで欠点だと思っていたものは元々それが目的ではないかとここにたどり着いて思いついたのだ。
ランタン自体は直方体に三角形の傘がつき、そこに持ち手がある材質がよくわからない金属のようなもので出来ている以外いたって普通のものだが、直方体の面の部分は全て覆われ一箇所だけある戸以外からは光が出ないようになっている。
戸を開くとまるで幽鬼が伴う鬼火のような、生者ではなく死者を導く篝火と表現するが相応しいうらぶれた光が頼りなく一方だけに伸びていく、足元すら灯すのが精一杯だろう光量なのに光の先は剣が届くよりも圧倒的に遠くを十分すぎるほど照らし出している。
「魔物は…寄ってきておらんようじゃの」
「確かそいつは光がてんで弱くて使えないって思ってたやつか」
そうこれの欠点とは発見した場所では戸口を覗き込んで漸く光っているのが分かるほどのものだったのだ。その時は魔石を使って開く扉を開けて手に入れたのがこんなガラクタとはと思ったのだが、世の中何が役に立つかわからない…いや、ゲーム的に考えるとそういうイベントアイテムだったのだろう。
「やはりの、これであれば行けそうじゃ。それではジョーンズ頼んだのじゃ」
「おう、流石に目隠ししたまま進むのは嫌だったからな。助かるぜ」
そこからは意気揚々とされど慎重に進んでいった、ワシもまるでゲームを実体験しているかのような感じにワクワクしながら進んでいたのだが、調子に乗っていられるのもそこまでだった…。
二十二階層からは一歩進む度にギチギチとSAN値が削られている音が聞こえそうになった程だ。思い出すのも悍ましい…。その階層から追加された徘徊する石像、これが厄介だった。ランタンの光には反応せず背後を音を立てて移動しようと気づかないのだが、正面にたった途端かなりの距離からでも此方を発見し、考えつく限りのありとあらゆる拷問を一度にその身に受けたかのような金切り声をあげて此方に突撃してくるのだ。
最初に出会った時は曲がり角でばったりだっため、至近距離でその声を聞くことになり耳の良いワシはそれで気絶してしまった…ギンギンギンと金属と堅いものがぶつかる音で目を覚ました時は、カルンがワシを守るように抱えアレックスらが必死に石像だけでなく魔物とも戦っている所だった。
幸い発見した時以外は声をあげないのかなんとか切り抜けて先に進んだのだが、ズズッズズッと言う足音とも呼べぬその音に終始怯え続けることになり、追い打ちをかけるようにワシらを襲おうとした魔物が発動させてしまった罠は
天井からドスンと落ちてくる通路を覆い隠すほどの大きさの刃、もちろんその下に居た魔物は真っ二つ…明らかに当たれば死ぬトラップとうっかり発動させてしまうかもしれない魔物、そしてそれを呼び寄せる石像。
それらに精神をガリガリと削られ続け、一体どれほど時間をかけたのかわからなくなる頃に、漸く二十五階層を突破し転送部屋の明かりを見た時は安心するよりも早く、皆ヘナヘナとその場にへたり込み、暫く誰も口すら開かず座り込んでしまったくらいだ。
どれほど休んだか先をみて、そこも真っ暗だったら攻略を止めようと満場一致で決まり、その結果攻略を止めて宿に戻ったのではなく二十六階層は明るく手を叩き喜びあった後、流石に疲れ果てたので宿に戻ったというわけだ。
カンカン、カンカンと半鐘か何かを叩く音が宿がある洞窟に響く、宿の人曰く場所柄昼夜がわからなくなりやすいので、日の出と日の入りの二回こうやって音を鳴らすらしい。二回連続でそれが続くのは日の入りの合図、日の出はカン、カン、カンと一回ずつで緊急事態の時はカンカンカンカンと連打だそうだ。
「ふぅ、カルンや。すまぬがワシはもう休むのじゃ…」
「えぇ…僕も流石に頭が痛いです」
シクシクシクとはらはら涙を流すように下腹部が痛む、転げ回るほどじゃないのがいやらしい…。こういう時は胃じゃないのかと思うがやはりあの階層は精神的によろしく無かったのだろう。カルンもバタリと事切れるかの様に寝台にその身を投げ出して、そのまま寝てしまった。ワシがその後、寝れたのは腹が泣き止んでから暫くになるのだった…。
VRでホラゲーとかは無理ですね…。




