149手間
今日一日は自由行動と、既に昨日の夕食の時にアレックス達には伝えてある。つまり丸一日夫婦水入らずと言うわけだ。けれども前世の感覚にいまだ引っ張られているのか、この歳で夫婦というのもまだなんかしっくりと来ない。いや、勿論カルンが夫として頼りないとかそういう事では断じて無い。
前世に当てはめれば二人共いまだ高校生なので、夫婦と言うより恋人同士という感覚がワシの中でまだまだ強いためだ。カルンがその辺りすっ飛ばしたからという可能性もあるが…。年齢とかは気にしてはいけないとは思う、此方で言えばワシらは既に成人済みであるし、辺境と言っては失礼だがそういう村などでは十二、三歳くらいで結婚する事だって多い…らしい。
だがそんな事もカルンの横顔をみればどうでも良くなる。カルンの腕に縋り付くようにひっつけば「んふふふ」とだらしない笑いが思わず漏れる。そこへ追い打ちとばかりにカルンが頭を撫でてくると耳がコレでもかとばかりにピコピコと動き、ますます口からはだらしのない笑みが漏れる。これが恋愛ゲームであればチョロインの称号は欲しいままだろう、人によってはチョロイン過ぎてつまらんと言うかもしれない。
「どうしました?」
「んー。なんでもないのじゃ」
だが頭を撫でられつつ至上の微笑みを向けられてみなさい、チョロインにもなろうというものだ…。くくく、周りの女どもの嫉妬の視線が心地よいわ、元男のプライド?そんなものとっくにカルンによって粉々にされて乙女心の肥料にされたわ!!
と…いかんいかん、ちょっとカルンから離れた隙きに言い寄ってくる女どもにイラッとしすぎて思わず思考が暴走してしまった…。と言うのもワシとカルンは今ダンジョンの入り口前にある、装備に不備が無いか改めている人、ここで手に入れたものなのか様々なガラクタ…と言っては悪いがよくわからないものを売る人、簡易的な炉を構え剣を研ぎ、歪みを直している人、パーティのメンバーを探したりしている人等など様々な人々が集まっている広間に来ている。オンラインゲームの交通の便のいい街やロビーといった雰囲気といえば分かる人はわかるのではないだろうか、まさにそんな感じだ。
火のダンジョンの近くとは比べ物にならない活気だが、あちらがレベルや装備が整った人が行く高難易度ダンジョンとすれば、こちらは金策からレベル上げまで様々な人が来るダンジョン、と聞いた限りそんな感じなので此方のほうが人が多いのは当然なのだろう。
高難易度な分あちらのほうが手に入る遺物の質は高いのだが、こちらはその分を量で補っていると言った感じだろう。それ故か火のダンジョンでは出てきた遺物はほぼ一括でギルドが買い取っていたのだが、此方では低階層で出てきたものは勝手に売って良いと露店を出していたおじさんが丁寧に教えてくれた。
ふんふんとおじさんの説明に聞き入っていたら、いつの間にやらカルンが女性に囲まれてパーティに入らないかとかデートしないかと言い寄られていて、そして先程の暴走に繋がるというわけだ…。
「しかし、ワシが居ると言えば奴らも引いたんではないのかえ?」
「楽しそうに説明を聞いてたので、邪魔するのも悪いなーと…」
「何を言うておる、カルンと一緒以上に楽しいと言うことがあるかえ」
周りの人が無理やりはちみつを口に突っ込まされたような顔をしているが気にしない、しかし何ともここの空気は緩い…ピリピリとしているよりもよほどワシとしては好きなのだが、その様な空気もますますオンラインゲームっぽさを感じさせる一因なのだろう。
しかし、ダンジョンの入り口に近づくに連れその緩んだ空気は段々と鳴りを潜め、洞窟特有の凛とした空気に似つかわしいヒンヤリとした緊張感に包まれていた。それはそうだろう、難易度が低いと言われていようとゲームではないのだ。しかも魔法はあるというのに回復や蘇生魔法なんていう便利なものはない。精々多少傷の治りを良くしたり体調を回復させたりする応急処置的な法術しかない。
先程の緩い空気も悪くないが、この試合を前に…いや戦を前にしたかのような張り詰めた空気というのも悪くはない、もしまだ結婚してなくてカルンとも何ともない関係だったらここに腰を落ち着けるのも悪くはない…そう思わせるほどワシはここを気に入っていた。
けれどもワシはカルンの妻として添い遂げることを選んだのだ。もちろんその選択に微塵の後悔などありはしない。むしろ他のことを選んだのであれば何故そちらを選んだと憤慨するだろう。当然だが女神さまとの約束を違えるつもりもない、こうしてカルンと出会わせてくれたという恩に報いる為にも必ず、とは言っても殆ど情報がない今カルンとの生活を全力で優先させてもらうが…そもそものワシが此方にくる切っ掛けとなった、召喚したものを奴隷として働かせるという蛮行の餌食となるものが即座に出るようであればもっと必死にでもなろうが、女神さまの話やこの世界を見て回った結果一度召喚を行うと千年二千年くらいは間を空けないと、もう一度召喚を行うことが出来ないのではないかという結論に至ったからだ。
焦る必要はない。何せそうポコポコ召喚され馬車馬がごとく働かせられていたらこの世界はもっと発展しているはずだからだ。向こうで学が無いと言われる人だって、此方にくれば知恵者と呼ばれる事になるだろう。それほどまでに文明の発展具合に差があるからだ。何しろ学校が無いのだから当然と言えば当然だ。精々孤児院が自主的に読み書きや簡単な算数を教えてるくらいで。
以前洞窟の奥で手に入れた日記の時代は、日記を読む限りどうやらポコポコと学のあるものが喚ばれていた様だが…。それがどうしてこうなっているのか、存外ありきたりな理由かもしれないが…約束に近づくにつれそのあたりもはっきりしてくるだろう。
「楽しそうですね」
「うむ、この先にどのようなものが待ってるか実に楽しみじゃ」
「そうですね」
その後も暫く色々と見て回り、大人が一人であれば入れるだろう横穴を掘り、そこに布を垂らして目隠しした程度のカプセルホテルみたいな所を見つけたりもして楽しい時間はあっという間に過ぎていった。腹の空き具合を見るに、そろそろ夕飯時だろうと食堂に行けば、ばったりとアレックスらと鉢合わせし、カルンと二人きりのディナーという夢はもろくも崩れ去ったのだった。
「明日のことなんだが…」
そう言ってジョーンズがダンジョンの地図をテーブルの上へと広げていく、内部の構造が変わらないという当然といえば当然過ぎることなのだが、お蔭で地図はかなりの正確さをもって書き込まれていた。それでも下に行くに連れ地図の中に空白が目立ってくる。
「この空白は何なのかかえ」
「んー、潜ってるやつの話だと、なんかわけわからん仕掛けがあって先に進めなかったりするそうだぜ」
「仕掛け…のぉ…」
ダンジョンなのにトラップや謎解きがないなどというのはどうやら火のダンジョンだけだったようで、此方はどうやら正しくゲーム的なダンジョンといった風情で謎解きギミックやトラップなどが配置されているようだった。そしてその解き方や配置なども、事細かく地図へと書き込まれどれほどこのダンジョンが熱心に攻略されてるかを伺わせるには十分だ。
「あぁ、元々文字が読めないやつの方が多いが、それでも中には多少は文字が読めるやつだって混じってる。それでもいまだ読めたやつが居ないとなると確実に女神文字が使われてるんだろうな」
「うん?どういうことじゃ?」
「ん?あぁ、なんか仕掛けの近くにはなんか必ず石碑か何かがあって文字が刻まれているらしい。浅い階層の仕掛けは簡単だし失敗しても怖くは無いという事なんだが…深いとこだと下手すると死ぬやつばっかりになるらしいぜ」
「なるほどのぉ…その石碑に女神文字が刻み込まれておって、それに解き方かヒントが書かれておる…大方そんなところかの?」
「そうだろうな。という事で期待しているぜ!」
「見てもおらんものを期待されても困るがのぉ…」
ワシが女神文字が読めることを知らないカルンとアイナはそのやり取りに首を傾げていたが、その後もどうやって攻略するかなどを、宿に戻った後も地図を見ながらわいわいと話し合っている内に夜は更けていくのだった。
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