148手間
大型の馬車が二台ほど並走してもまだ余裕がある、ゴツゴツとした灰色の壁を見るにここは天然の洞窟の様だが、その壁にはカンテラがところどころ吊るされて洞窟内を照らしていた。光が揺らめいて居ない所を見るにこれは全部魔具か遺物の類だろう、その光でキラキラと光る雪の道を通り洞窟の奥へと進む道の半ば、雪の道が曲がり別の洞窟の中へ逸れていた。こちらが厩なのだろう、先程の洞窟よりは狭いがそれでも馬車一台なら余裕で通れるほどの広さだ。だがそんな洞窟はかなり短くすぐに広間へと通じていた、そこには数えるのは少し苦労しそうなほどの数の馬車が停めてあり、小型から大型までさながら馬車の見本市の様相すら見せている。
「停めるなら場所代は銀貨五枚だ」
「はい、えっと銀貨五枚ですね」
「馬車は奥の方から詰めて停めてくれ、馬は更に奥の方にある厩に、っとこれが控えの木札だ無くすなよ。ダンジョンに入るときにコレを提示しろ」
「どうも」
広間へと入るなりぶっきらぼうに槍を担いだ衛兵が声をかけてくる。カルンが銀貨五枚を払うとチョークの様なもので車体に何やら書き込むと同じように木札に書き込んでカルンへと手渡してきた。今までは人の好意で停めさせてもらっていたり、宿の代金に含まれている所が多かったので、この前世の駐車場みたいな仕組みにちょっぴり懐かしさを感じる。
「じゃあ、僕は馬を預けてきますね」
「おう、じゃあ俺らはここで待ってるな」
カルンは慣れた手つきで馬車を停め、馬を固定していた馬具を外して手綱を引いて奥にあるという厩へと歩いていく。馬、人、キツネ、子犬と並んで歩く傍から見たら奇妙極まりない集団は厩へと続く洞窟へと入る。どうやら此方は人工的な洞窟のようで四角く伸びる空間にカンテラに加え木の柱が建っており何となしに坑道を連想させる。様々な馬の嘶きが聞こえる洞窟の左右にはそこそこの広さの馬を入れておく小部屋が連なり中には一頭ないし二頭の馬が入っており、暫く歩いたのだが中々空いている場所がない。
「おっとそこの人、ここは厩だから馬以外は泊めれないよ」
「あ、大丈夫です。彼女たちは連れていきますので」
「そう、それなら良いけど。それじゃ空いてるのはこっちだよ」
所々にある十字路を何度か曲がった先にある部屋に案内されそこに馬を入れる。短期間であれば馬を繋いでおくところが多いのだが、やはり長期間居座る者が多いのだろうそれなりの広さがあり中には寝るためのものか藁の山などが置いてあった。
「五銀だ、あと馬車を停めたならそこで貰った木札を出してくれ」
カルンが銀貨五枚と共に木札を出すとまたもや何かをそこに書き込んでいる、馬と橇で合計銀貨十枚…そこそこ安い宿であれば銀貨一枚なのを考えると中々高い気もするが、五日以上いる人が大半だろうしそう考えればやすいのか…停めた日数で追加料金を取られなければだが。
「見ての通りここは迷いやすいからな、俺らみたいな奴に声をかけてくれ」
「わかりました」
帰りは流石に方向感覚に優れてないとやっていけないハンター、迷うこと無く駐車場へと戻ってこれた。
「お、やっと戻ってきたな」
「流石にこの数の馬を停める厩でしたからね」
本当によくあの広さの場所を掘ったものだ、いや…ここはダンジョンのお膝元、ふんだんに遺物などを使えばそこまで難しくはなかったのかもしれない。
「んじゃ、まずは宿屋かな。空いてりゃ良いんだけど」
「そうですね、セルカさんも元に戻らないと」
「キュ」
ワシとしては別にこのままでも暫くは良いのだが、必死にしがみついてくるスズリが可哀想なのでさっさと戻って隠れる場所を提供しなければ。来た道を戻り最初の洞窟に戻り今度は奥の方へと歩いて行くと、徐々に人々のざわめきが大きくなり、それにつれてひっしとしがみ付くスズリの力も強くなる。
やがて洞窟を抜け天井の高さこそ変わらないものの一気に視界がひらけると、サッカー場ほどの広さがある場所に出た。そこではハンターだろう人達が思い思いの場所で装備の点検をしていたり、いかにも旅の商人ですといった格好の者が地面の上にどっかと座り敷物をしいてその上に商品を並べ、そこらを歩く人達に声をかけたりしている。その奥にはダンジョンの入り口だろうか、洞窟の灰色とは明らかに違う白い石で構成された、まるで神殿の様な建物が岩壁に埋まるようにして存在していた。
ある種のお祭りの様な雰囲気に、見て回りたい衝動に駆られるがキツネの姿のまま行っても追い払われるのがオチだろう。今はぐっとこらえ宿へと向かう。場所は人にでも聞くしか無いかと思っていたが、宿はすぐに見つかった。灰色の壁の中、木の扉というとても目立つ入り口の上に寝台を象った看板が掲げられていた。
木の扉をくぐると、厩のところと同様人工的に掘られた様だが、坑道を再利用しましたといったような感じのあちらとは違い、キレイに削り取られた岩壁はカンテラの光に照らされて、何とも言えない雰囲気を醸し出していた。
幸いな事に四部屋空いていたのでさっさと今日の所は休むことにする。アレだけ人がいて良く四部屋も空いていたものだと思ったのだが、どうやらここはそれなりの高級宿で比較的空いていたそうだ。それでもギリギリではあったそうだが、銀貨一枚の平均的な宿はあの広間から伸びる幾つかの洞窟の先にあるそうだ。そしてそれすらもケチりたい人はその広間で野宿と…。
受付でカルンが交わしていた会話を思い出しつつ後に付いていき、たどり着いた部屋は床には木の板がはめ込まれまるでかまぼこの様に曲線を描くようにくり抜かれたその空間は、木や石を組んで作った部屋とはまた違う温かみに溢れていた。
「ふぅ、キツネの姿は楽じゃが、やはり此方のほうが落ち着くのぉ。何より話せるというのが素晴らしい」
「ははは、ところで今日はこのまま休みます?」
「そうじゃの、明日もダンジョンへと赴くのじゃ、大事を取って丸一日休んだほうが良いじゃろうの」
「そうですね、食堂は併設されて無いみたいですが。近くの食堂を教えてもらったのでここの宿泊客であれば無料で利用できる見たいですよ」
「おぉ、そうじゃったか。その辺りは聞いておらんかった」
「キョロキョロしてましたもんね」
「洞窟をくり抜いて造った宿なぞ初めてじゃからのぉ」
「たしかに凄いですよね」
「しかし、動揺はもうしてくれんのじゃな」
部屋に入りキツネの姿からもとに戻った後は寝台の縁に座る以外特に何もしていない。
「まぁ、流石に慣れました」
「飽いたかえ?」
「いいえ?証明してみせましょうか?」
しまったと思ったときにはもう遅い、落ち着いて見えるカルンだって年頃だ、それに町を出てからはずっとワシはキツネの姿のままだったし、何度も見ず知らずの人と一緒に寝たりしていた。
久々の二人きりでしかもワシのこんな姿と挑発とも思える言動、飢えた狼の前にふらふらと現れた狐は哀れ狼に食べられるのだった。




