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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
第四章 女神の願いでダンジョンへ再び
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144手間

 狒々との戦いの時、奴らを倒したと言う確たる証拠もなかったのでダンジョンとフェイルニアの中間にある町までの道中、ずっとキツネの姿で過ごしていた。

 今も御者台に座るカルンの膝の上でフェン、スズリと一緒に丸まってカイロ代わりになっている、町までもうすぐの距離にあり狒々に最初襲われた後、再度の襲撃は無かったが防壁の中へと着くまでは警戒しておいて損はないだろう。

 奴らを退けた後、踏んだり蹴ったりしてもピクリともしなかったアレックスが簡単に起きた事からあの眠りは十中八九、狒々共の仕業なのだろう。

 そして恐らくは、小屋に入ったときに眠るように死んでいたハンター達は不幸にも狒々の餌食に…何故か食い荒らされて無かった事だけが不可解ではあるのだが。

 そもそもハンター達は誰かにやられた訳でもなく力尽き、その遺骸に引き寄せられた狒々にワシらが鉢合わせした可能性も大きいが。


「ワン!」


「セルカさん」


『キュ。』


 フェンとカルンの警戒を含んだ声に起き上がり目を凝らせば、馬車の右前方に狼の群れが居るのが見えた。

 群れの中心に狐火を放れば、ドンと腹に響く音と共に大輪の花が咲き狼の群れは跡形もなく消滅した。

 狒々の襲撃は無いもののひっきりなしとは言えないが野生動物や魔獣などとはどうしても遭遇してしまうので、丁度良いとこのキツネでの戦闘能力の確認をしていた。

 やはり誰かの援護が期待できる時は色々と余裕があり、ざっとではあるが能力を把握することが出来たのは幸いだ。


 素早さは人型の時とは比べるべくもなく上であるのだが、普通のキツネサイズという体格のためか力は随分と落ちている、それでも普通のヒューマンと比べれば多少なりとも上ではあるのだが。

 そして最大の特徴というのか、魔法が使えるという違いが最も大きい。そして代償に、爪や牙に魔手の爪と同じ効果は確かにあるのだがかなり弱くなっていて、多少切れ味が良くなっている程度に落ち着いている。

 使える魔法もワシ命名の『狐火』という魔法というよりも、ゲーム的に言うのであれば固有アビリティと言えばいいのかそれ一択になってる、それでも強力な遠隔攻撃が出来るようになるのはありがたい。

 狐火は最大九個同時に発射可能で直撃の命中率は微妙だが、飛んでいくスピードはそこそこあり爆発も考えれば命中率自体は悪くない、味方を巻き込まないように十分注意していればかなりの戦力になる。

 総評するならば、近接特化のパワーファイターの人型と遠隔特化のスピードファイターのキツネ型と言ったところだろうか中々わかりやすくて大変よろしい。

 目下最大の問題は服をどうするかだが…寒いとか以前にカルン以外に肌を見せるのはちょっと…今度イルダに良い解決方法が無いか聞いてみよう。


 そうこうしている内に町へとたどり着いたのだが、心なしか門周辺がざわざわとにわかに浮足立っている気がするのは、キツネの姿で耳が良くなっているせいだろうか。

 さすがこんな所にある町と称えるべきか防壁や門は要塞と見紛うばかりの堅牢さだ、その割にはカルンがカードを見せただけであっさり通されたのが拍子抜けだったのだが。

 けれども門に詰めていた衛兵に「道中の仔細をギルドに」と言われた、道中の様子を報告するのは他にそこを通る人や町の安全の為なので、必ず報告に行ってはいるのだが念を押されたのは初めての事だ。


「何かあったんでしょうかねぇ…」


 そう思ったのはワシだけでは無かったようで、カルンがワシを撫でながらそう独りごちる、けれどもこの姿では喋れないので、一先ず宿を確保してから。

 ギルドと宿の距離はかなり近かったので馬車を預け、元の姿に戻ってからギルドへ向かうと何処のギルドでも大抵騒がしいものなのだが、しんと静まり返っている訳ではないがまるで抜き打ちテストを告げられた学生の様に意気消沈していた。


「どうかしたのかえ?」


「え?あぁ、ちょっと…ね?さてとギルドに何か御用でしょうか?」


 少し疲れたかのような顔をしていた受付のお姉さんは、こちらを見るとパッと華が咲くように微笑む。


「うむ、フェイルニアから来たのでな、道中のハンターの物も回収してきたのでそれもの」


「わかりました」


 回収という単語を聞いて、それまで微笑んでいた顔は真剣な話を聞くものに変わる。


「それで回収したときの状況はどのようなものでしたか?」


「この町から南に二つ目の小屋の中での、寝ておった」


「小屋の中で眠ったように?何か不審な点はありませんでしたか?」


「そうじゃのぉ、荒らされた形跡が無いというのが不思議じゃったが…それ以外は特に無かったかの」


 それを聞くなり拳を口に当て、何事か考えるようにぶつぶつ呟いていたが辛うじて「まさかこんな近くまで」という事だけが聞き取れた。


「それで、そこに泊まったのですか?」


「う…うむ、次の小屋に行けるような刻では無かったしの」


「無事…なのだからここに居るのでしょうが、そこで何かに襲われたりしましたか?」


「初めて見る…宝珠はちと見る余裕がなかったのじゃが、狒々の様な奴らに襲われたの」


「ヒヒ…?それは皆さんで?」


「いや、皆死んだように寝こけてしもうての、ワシ一人でじゃ」


「………ちょーっとこっちに来てもらえますか?」


 静かに受付のカウンターから出てきたお姉さんに肩をがっちりと掴まれて、そのままずるずるとギルドの奥へと連れて行かれる。

 突然の出来事にカルン達は動けなかったようで、ワシだけがどこぞの部屋の前まで連れてこられたのだが、話の流れから戦いの事を聞きたいのだろうし確かに寝ていたカルン達では文字通りお話にはならないだろう。その時見ていた夢の話でないのなら。


「長ー!アレと戦ったって人を連れてきました」


「な!わかった入りなさい!」


 元々鍵はかかってないのかお姉さんが扉を少々乱暴に押し開けると、中の部屋には長と呼ばれていた割には若い男性が待っていた。


「ご苦労だったね」


「はい」


 その短いやり取りでお姉さんが去ると、部屋の中には長とワシだけになる。


「さて、アレと戦ったという話だが本当かね?」


「いや…まぁ、だいたい分かるのじゃがアレとは何じゃ?」


「うん?アレを知らない?もしかしてここの人間ではないのかね?」


「うむ、そうじゃ。南の領地から来たのじゃ」


「ふーむ、そうか…それが関係…いや…ふぅ、何にせよ態々そんなところから来てアレに遭うとは災難というか…」


 見た目はアレックスらと変わらない位の歳に見えるのだが、その声からは見た目以上に老けた印象を受けるほどの疲れを感じた。


「して、アレというのは?」


「そうだったね、アレと言うのはそうだね…誰も見たことも無いし、どんな姿で何時何処で来るかわからない何かの事だよ」


「まるで怪談じゃの」


「正しくその通りだよ、ただひとつ誰かが実際に死ぬという事以外はね」


「じゃが流石に誰かが見て居るんじゃないのかえ?」


「いや、それはないと言える。なにせ遭ったものはみな死んでるからね。何故かはわからんがそいつらが連れていたであろう馬やらは生きてるのだが、なにせ話を聴こうにも話が通じないからね」


「うぅむ、しかしそれでは、ただの行き倒れと判断がつかんのではないかの?」


 ワシもあの晩に襲われなければ、寒さにやられたただの行き倒れだと思っていたくらいだ。


「そうだね、一人二人で雪の中にとかであればそうなのだが…五人も六人も居るような大所帯で薪の備蓄もあり、腕輪を見れば食料なども十分余裕があったそんな奴らがいくつも…しかもそれは俺が生まれる前からだ」


「確かにそれは変じゃの」


「だろう?だから俺達はそれをアレなんて曖昧な呼び方をして恐れてたんだよ、名前なんて付けたら襲われそうだからな」


「ふーむ、しかしそれほど昔から恐れているのであれば、あの慌てようはどうしてじゃ?」


「それは…こんな町の近くで被害が出たのが初めてだからだ…」


 今までは中々寝付かない子供に、怖い話を言って聞かせる風だったのが、言葉に重しをつけたかのような声音で語る。


「今までは、そう今までは俺が生まれる前の話からずっと山の奥や森の奥なんての話だ、それでもある程度は人が多く行くような場所なんでみんな恐れてたわけだが…それが町をつなぐ街道にまで出てきてしまった」


「それは…」


「戦って勝てるならまだ良い。だが戦うどころか姿すら見れない、見たら死ぬような何かが…近くにいる」


 鬼気迫るその様子に思わずごくりと唾を飲み込む。


「そこに君の話だ、今までだって勿論功名心で戦っただの見たことがあるだの言うやつはいくらでも居た、だがうちの受付の奴が君を連れてきたということは何かあったのだろう、詳しく話してはくれないかね?」


「それを聞くと本当にそれなのか分からんがのぉ」


「今まで死んだ者しか分からなかったのだ、それが近くに居る以上は欠片でも情報がほしい」


「わかったのじゃ…」


 そう言ってあの時の状況を詳しく説明した、キツネの姿になれると言うのがどの程度周知されているかわからないのでその辺りは話さなかったが…。


「ふむ、そうかアレはヒヒというのか…」


「いや、狒々というのはワシの…故郷で伝わるようか…魔物の名前じゃの、見た目が近いからそう言ったまでじゃ」


「ふむ…それで他に特徴などは、出来れば接近される前にわかるような…」


「うーむ、それはさっきも言ったのじゃがワシらも小屋の中におったからのぉ。あとはヒィーヒィーと鵺の様な鳴き声じゃが…あれはワシらを寝かせるための魔法か何かの音の様な気がするがの」


「ヌエとは?」


「む?うむ、それもワシの故郷の鳥の名前じゃ」


「そうか…しかし…他のものが眠りから起きられなくなる中、なぜ君だけ無事だったんだ?」


「うぅむ…それじゃが…ふむ話す前におぬしはイルダという獣人を知っておるかの?」


「ん?あぁ、勿論だ領主の奥様だろう?俺はここの長だからな会ったこともある」


「ふむ、では彼女がどのような獣人か知っておるかの?」


「元ハンターだったかな…後は君みたいに尻尾がいっぱいあって獣のすがた…に…まさか!?」


「そのまさかじゃワシも獣の姿になれる、そして獣の姿が無事じゃった理由じゃとワシは思っておる」


「なるほど、なるほど!確かに今まで伝わっていたり聞いた話でも一緒にいた猟犬や馬は無事だ」


「しかし、倒したのか追い払ったのか分からぬ上に、ワシ以外にも獣の姿で戦えるやつがおるのかえ?」


「獣の姿に近い者は何人か知ってるが…今居ない上に完全にというわけじゃないからな、だが倒せたなら上々追い払っただけでも暫くは大丈夫だろう、報告を聞く限りすぐ近くで襲われた事はあれど離れた場所で襲われたという話は無かったからな、恐らくは君の遭った集団だけが来ていると思われる」


「そうじゃとよいのじゃが」


「何にせよ町の近くのやつは倒されたと発表しよう、今まで姿すら見たこと無い異形が倒されたのだハンターとしてはこれほど胸が踊ることはないな」


「いや、しかし倒したとは限らんのじゃが…」


「はっはっはっ、こんなところまで来る奴らだその程度で手放しで喜びはしないさ…それでもビクビクと怯える心配はなくなるのだ」


 すぐにでもそれを言いたいのか上機嫌で長が部屋から去っていった為、一人部屋に残されたワシはぽりぽりと頭を掻くことしかできなかった。




本編が150話までこれたのは皆様の応援のおかげです。

これからも出来る限り毎日更新を目標に頑張っていきますので、ブックマーク、評価、ご感想よろしくお願いします。

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