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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
第四章 女神の願いでダンジョンへ再び
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143手間

 パチリと泡沫が弾ける音で目が覚める、ヒィー、ヒィーという不気味な鳴き声は未だに聞こえるが、こんな所にトラツグミが居るはずもなく風の音だろう。

 どうやら夢の中と同様に、うたた寝している内に椅子から転げ落ちた様で体を起こそうとして、体の違和感に気付く。


「キュー」


 夢の中の変な感覚に引っ張られたかと人の姿に戻ろうとした瞬間、急激な眠気に襲われたので慌ててキツネの姿に戻る。

 火の具合から番を交代してさほど時間も経ってないようなので、仕方ないとキツネの姿のまま口に薪を咥えて暖炉に放り込む。

 パッっと散った火の粉をみてふとフェンはどうしたかと探せば、ガタガタと震える扉に今にも襲いかからんとばかりに毛を逆立たせていた。


「キュー?」


「ワン!ワン!」


 近寄ればグルルと唸っていたフェンが突然吠え始めた、その声に敵襲と身を翻しカルン達を起こそうと耳元で鳴いたり上で跳ねてみたが、ぐっすりと寝こけていて起きる気配がない。

 その様に先程弔ったハンター達の姿が脳裏をよぎり、慌てて全員の息を確認してほっとするのもつかの間フェンの吠える声で現実に引き戻される。


「キュ!」


「ワン!」


 何が原因かは分からないがカルン達は起きない、ワシも人の姿に戻ったら何故か眠くなる。だったらこの姿で追い払うしか無いと、扉の閂に差さる横木を尻尾で跳ね飛ばし、フェンに中でみんなを見ていろという意思を込めて鳴いたが分かってくれたかどうか…。

 返事は大変頼もしかったので、バンッと勢い良く扉に体当たりして外へと躍り出す、空に浮かぶ二つの星の光に照らされ、舞い散る雪も相まってまるで深海の様な蒼く静かな景色がそこには広がっていた。

 風も無く不気味なほど静かな中にヒィー、ヒィーと風の音と思っていた声だけが不気味に響いている、深く蒼い深海の夜に鵺の鳴き声とは笑えないと辺りを見回すが深海に相応しくワシ以外の姿は何もない。

 ここは海の中ではないのにと忘れていた息をすると、暗闇の中のそりと何かが出てきた…いや、今までそこに居たのが動いたのだろう、ずるずると溶けた腕を地面に引き摺るかのような醜悪な姿の狒々がそこに居た。


「ヒィー…ヒィー…」


 のっぺりとした闇がヘドロと成ったかのような体のそれは目だけが爛々と赤く灯り、首の骨が砕けているかのように首を傾げこちらを伺っている。


『キュ!』


 闇夜の中で目を離せば一瞬で見失いそうな奴に視界を確保し、運が良ければ他のハンターへの救援依頼となればと法術で光弾を上げると、光の下でもなお暗く黒い狒々が数匹辺りを取り囲んでいた。


「ヒィー…」

「ヒィー…」

「ヒィー…」


 素早くは動けないのか不気味な声を出しながら、じりじりと長く地面に垂れ下がった腕で雪に線を引きながらこちらに向かってくる。

 キツネの姿では魔手は出せない、かと言って人の姿になれば即座に寝てしまうだろうと言うほどの眠気が襲ってくる。

 なれば追い払うしか道はないと一匹に狙いを定めて一気に駆け出す、突進してくるのに気付いた狒々が腕を上げるがのろのろとしたその動きに、狒々が腕を上げきる前に体を丸めて思いっきり体当たりを食らわせる。

 狒々を弾き飛ばし、油を毛皮の形にしたかのようなぬるりとした感触に顔を顰めながら狒々が吹き飛んでいった方を睨みつけるが、雪が衝撃を吸収したのか大したダメージも無い素振りでのっそりと起き始めているのが見える。


「ヒィー…ピィーーーー!!」


 今まで不気味ではあるがおとなしかった鳴き声が、雄叫びと言うより断末魔と言った方が良い、耳に血でべっとりと濡れた手で触られるかのような不快な鳴き声を発しながら、他の狒々がそれまでとは打って変わって素早い動きで近づいて長い腕を、鞭のように振り下ろしてきた。

 それでも素早さは此方に分があると、次々に狂乱と言っていいほどの腕の連打を躱していく、合間合間に爪で引っ掻いてみるが多少身を削るだけではあるのだが、ほんの僅かでも魔手の効果があるのか体当たりした時とは違う確実に傷を与えている感触が前足に残る。


「ィィイイイイ!」


 それが逆鱗に触れたのか、叫び声を上げてる中でさえ見えないのかそもそも無いのか、口は無くともこちらを睨みつける目だけは赤い目を更に憤怒に燃え上がらせていた。

 腕の連打を躱しながら、何度も爪を当てるが大してダメージにもなってない上に、怒りの炎に油を注いでいるだけのようでさらに引く気配を見せなくなっている。


「キュゥ。『キュ!』」


 ここまで怒っていたら効果は無いかもしれないが、動物を追い払う時は古今東西火を振りかざすと相場が決まっている。

 火種の法術を狒々の目の前に翳すと、怒りの炎に揺れていた目が本物の炎を映し揺れたのが見えた、これはいけると尻尾の先に発現させた火種でバッバッバッと目の前を払ってやれば、ずりずりとそれに怯え後ずさっている。


「ヒィイイイイイイイイイイイ!!!」


 このまま引いてくれればと思ったのも束の間、尻尾の先に揺れる小さな炎は目の中の憤怒の炎に焼き尽くされ、この世のものとは思えぬ声と共に再び此方に腕を振り下ろし始めた。

 再度それを躱しながら火を翳しても、そんなもの目にも入らぬとばかりに意にも介さずこちらを攻撃してきている。


「キュ?」


 何度も躱し爪で抉り、火種を翳しを繰り返し光弾が光を失い始めた頃、ふとした違和感に気付く。

 違和感を確かめるように火種を発動させている内に、ついに光弾が光を失いそれを合図と狒々が一斉に腕を振り下ろしてきた。

 それを一気に後ろに飛ぶかの様に躱し、一か八かと違和感を手繰り寄せる。


『キュィー!!』


 尻尾の先に火種とは違う炎が九つ揺らめき、それを投げつけるかのように尻尾を払って炎を狒々へと投げつける。

 流石に尻尾で投げたからか、直撃はしなかったものの地面に落ちた炎はドンッ!という爆音をあげ着弾点から広がる炎で狒々たちを舐めとっていく。

 爆風が一拍置いて此方まで雪を吹き飛ばしてきて、それを思いっきり頭から被ってしまった。

 もうもうと立ち込める雪煙が収まるのを待つ中、爆音も既に雪に吸い込まれサラサラと舞い上がった雪が落ちる音だけが耳に入る。

 思わぬ威力に呆然と立ち尽くしている間に雪煙は晴れ、狐火で抉られた雪と地面以外は、先程までの深く蒼い深海だけが広がっていた。


「キュー?」


 跡形も無く吹き飛んだか雪煙に乗じて逃げたのか、狒々達の姿は既にそこにはなかった。

 どちらにせよ此方にはもう近づかないだろうと、一安心して小屋に戻ると駆け寄ってきたフェンが首を此方に擦り付けてきたので、ワシも一緒になって首を擦り付けていると唐突に眠気が襲ってくる。


「クァー」


 先程までの不自然な眠気と違い、これは大丈夫だと思えるような眠気だったので、次の火の番であるアレックスを蹴り起こし、扉の閂に横木を差させてからカルンのそばで眠りにつくのだった。

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