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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
第四章 女神の願いでダンジョンへ再び
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142手間

 丘の影に入ったため風は幾分か緩み小屋の姿がはっきりと見えるようになった、まだまだ日は高いが今日の行程はここまでだ。

 どう頑張ってもこの風と雪の中では日暮れまでには次の小屋には着けないし、何よりたどり着けなかった場合この天候の中での野営は自殺行為だ。


「む?他に馬がおるの」


 小屋に近づいていくとそばに併設されている厩の中に繋がれた馬が見える、このあたりの厩は雪や風で馬が疲弊しないよう屋内型の厩が多く、ここも例に漏れず形から見てそのはずなのだが扉がギィギィと風に揺れていた。


「ふぅむ、寒くて閂を差し忘れたのかの」


 厩の外にあるその馬が引いていたのであろう橇の横に付けて馬具を外し、薄墨毛が見事な馬を連れて厩の中に入る。

 一目散に小屋へと駆け込むアレックスらを尻目に馬を留めると、厩に備え付けられている飼い葉桶に水と干し草を入れ、労るようにタテガミを一撫でして厩を後にする。


「さて、横木はどこかの」


 キョロキョロと閂に差す横木を探していると、まるで打ち捨てられた流木の様に半ば雪に埋もれていた横木を両手で抱えるように持ち上げ閂に差して扉を固定する。

 一仕事終えたと手を払い入口側以外殆ど雪に埋もれた小屋の正面へ向かうと、喜々として暖炉に火を入れているはずと思っていたアレックス達が扉を開け放ち難しい顔をして佇んでいた。


「んーむ?どうしたのじゃ?」


「あー、いや」


 そう言って分厚い手袋と帽子をかぶっているにも関わらず頭をボリボリと掻くアレックスの横では、アイナが青い顔をして中を覗き込んだままの姿で彫像の様に凍りついていた。

 その脇からひょいと身を乗り出し中を覗いてみると、六人の体型からみて男たちが毛布もかけず旅装のまま寝こけていた。

 一歩中に踏み込むと、外の寒さとは別種のまるで舐めるかのような寒気を感じる、薄暗い部屋は冷え切り決してまともに人が休めるような環境ではなかった。

 深呼吸をすると口から吐かれる息は、霊魂が抜けたと言われたら信じられるほどの白さで宙へと消える。

 ごくりとつばを飲み込み、寝ている一人の顔を覗き込むと寒そうではあるが、肩を揺すれば目を擦って起き上がりそうなほどの穏やかな寝顔だ…しかし、その目は二度と開かれることはないだろう。


「死んでおる…の」


 小屋が殆ど雪に沈んでいるせいか、その声は響くことすらせずまるで音がこやつらのように静かに死んでいくようだ。


「アレックスや…」


「お、おう。アイナも今のうちに慣れておいたほうが良いだろう」


「え?」


「左腕をみて腕輪がありゃそいつはハンターだ。ハンターならカードがある、それと腕輪を近くのギルドに持ってくのは義務っていうか…まぁ、俺らなりの弔いってやつだ。無けりゃ商人か酔狂な旅人か荷物やらを持ってこれもギルドに、この先ハンターやってたらいくらでもこんなことはある、こいつらにゃ悪いがこんなキレイなのはまず無いからな」


「う、うん…」


 ワシの声で再び動き出したアレックスがアイナの頭を撫でつつ、諭すような優しい口調でハンターを続けていくのなら避けては通れない事を教えている。

 不運にも病や怪我で倒れたりした者であればよいが、大抵ハンターが見つける遺体は悲惨なことになっている、それを考えたらアイナは運が良いと言えるだろう。

 なにせ酒場で息巻く者の中には、何かわからなくなったものを弔って初めて一人前のハンターだと言うような奴も居るくらいだ。


「ハンターのようじゃが…寒さにやられた…のかの?」


 氷の様に冷たく固くなった左腕を見れば見慣れた腕輪をしていた、適当に服をあさってみたがカードは無かったので恐らく腕輪の中にしまっているのだろう。


「こっちもハンターだ」


「俺の方もだな」


「こっちもです」


「ぼ、僕の方も…」


 インディもこくりと頷いているので、どうやらここに居るのは全員ハンターのようだ、寒さにやられてと考えるのが普通ではあるのだが…。


「妙じゃの…」


「何がだ?」


 流石に抱えるのは嫌なのかずるずると遺体を引き摺って、外に出そうとしていたジョーンズが問いかける。


「いやの…寒さでやられたかと思うておったのじゃが、薪は十分残っておるし顔や旅装から見てそこまで憔悴して居ったようにも見えんし…何より皆一緒にというのが気になっての」


「あぁ…確かに言われてみればみんな一緒にってのは妙だな…他に誰か居たのならこいつらはもうここに居なかっただろうしな」


「傷もねぇしなんか盗られてるって風にもみえねぇし、やっぱ寒さにやられただけじゃないか?」


「ふぅむ、それもそうよな…」


 全員を外へ運び出すとワシの爪で一気に穴を掘り、遺体をそこに入れると冥土の土産と酒をふりかけ副葬品とばかりに薪を添え火を点ける。

 はじめは風で消えそうなほどの弱々しい炎は、次第に魂を燃料にしてるかのように煌々と燃え始めた。

 流石にこの炎で暖を取る気などさらさら無いので、世界樹の御下へと帰れるように祈り、一先ず炎が安定したのを見届けてから小屋へと戻る。

 暖炉に火を入れると、今の今まで息を忘れていたかのように皆が皆深く息を吐く。


「死者の炎で暖を取ると逆に冷えるっていうが…」


「本当にせよ迷信にせよ、そのようなことはしたくないのじゃ」


「それもそうだな…」


 いつの間にか日は暮れて薄闇が迫る中を黙々と夕食の準備を進め、せめてもの慰めに慣ればと少し豪華な晩餐でその日を終える。

 あとは寝るだけだが、あのような者たちを見た後にぐっすりと寝れるほど流石に図太くはないので、同じ轍を踏まないようにと朝まで交代で火の番を取ることにした。


「ふぅ…これはこれできついもんじゃの」


 先程まで寝ていて番を交代したばかりなのだが、雪のせいなのか息遣いすら聞こえない程の静寂の中、パチリパチリと薪が爆ぜる音が良い具合に眠気を誘う。

 ガランという薪が崩れた音にハッとして頭を振る、火の具合からみてそこまで時間は立っていないようだが少し寝てしまっていたようだ。

 いかんいかんと頬ほ挟み込むように軽く叩き暖炉に薪を追加していると、グルルとフェンの深く低い唸り声が聞こえた。


「敵…かえ」


 火の番をするために座っていた椅子から立ち上がろうとした瞬間、足元が全て崩れ去ったかの様に感覚が消え、全身が凍る様に動かなくなりその場にドサリと倒れ込んでしまった。

 まずいとは思うものの体は動かず、瞼がゆっくりと落ちる間際ヒィー、ヒィーと鵺の鳴く声だけが嫌に耳に残るのだった。

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