141手間
木々のレンガを積み上げた様な形の森の中、目地の道を抜けるとそこに広がるのは、一面小麦粉をぶち撒けそれで作り上げたような、なだらかな丘陵が待ち受けていた。
卵とミルクを落とせば今にでもクッキーの生地が出来そうなそこは、森から出た途端まるで見えないカーテンでもあったかのように急激に気温が低くなり、刺すような風が頬を撫でる。
「な、なるほど。森に一直線の道が無かったのはこういうことかや」
ぐねぐねと曲がっていた道と森はなるほど、一直線にこの寒い風が街に来ないようにするための、防風林の役目を果たしているのだろう。
森から続く道も厳しい環境にも関わらず、往来がしっかりあるということを示すかのように、踏み固められた道を行く轍がしっかりと見える。
その道も僅かでも風を避けようと、丘の影へ影へと曲がりくねりさらに道は丘陵の影へ影へと伸び、地吹雪のお蔭でその先は見えない。
ダンジョンまでの道のりは日が出て日が落ちるまでの間隔で森の中にあったのと同じ小屋があり、馬車で二日の距離にダンジョンがある場所まで道の中、大体中間くらいの距離に町がある。
そしてその先も似たような小屋が続き中間の町から更に三日の距離にダンジョンの町がある、順調に行けば五日ほどで着けるだろう。
「スズリとフェンは、中に入っておらんで大丈夫かえ?」
フェンは例え馬車の中に入っていたって外の様子を見てきたとばかりに敵を知らせてくれるし、スズリも暖かい地方で出会ったので寒さに弱いのではないかと思ったのだが…。
スズリはやはり寒いのだろう他に人が居ないにも関わらず尻尾から出てこないが、ひっしとしがみついて動かないと主張し、フェンもワシの膝の上に居座って動かないとばかりに一鳴きした。
「んふふ、そうかえー」
小動物のそう言った動きは何とも心癒されるものがあり、思わず寒さでリンゴのようになった頬を緩め、フェンを撫でていると俺も忘れるなとばかりに馬が嘶く。
「ふふ、おぬしも頼りにしておるからの」
「何かありました?」
「いや、あやつが気合を入れただけじゃよ」
馬が突然嘶いたから何かあったかとカルンが小窓から声をかけてきたので、大丈夫だと馬を示して頷いておいた。
「カルン!寒い!寒いから閉めてくれ!」
「えっと…すみません…」
「気にするでない。ま、アレックスには後でしっかり働いて貰わねばの」
小窓から入り込む風ですら耐えられないのか、アレックスの悲痛な叫びとジョーンズの呻きが中から聞こえ、カルンは申し訳なさそうにするがあとでしっかり代価を支払ってもらうと言えば、ちょっと安心したかのような困った顔で頷くとカタリと小窓を閉める。
街から出たあとの御者はずっとワシが務めているが、寒いからというふざけた理由だけであれば引っ張り出してでも手綱を握らせるところなのだが、それ以外にも何故か馬がワシによく懐きワシ以外に手綱を握らせるのを嫌がったためだ。
ともすれば指示一つ出せば御者台を無人にしてもそつなく進むのではないかというくらいの従順さなのだが、流石にはたから見たら無人の馬車が暴走しているようにしか見えないので、仕方なくここに座っている。
干し肉を取り出し噛みちぎってそれをフェンにあげ、残りを口に含みつつ何かの革で作られた水筒から、一緒に取り出したカップへと果物とも違うみずみずしい香りの琥珀色のそれを注ぎ法術で温める。
酒の湯気を集めて作った所謂蒸留酒と呼ばれるそれを嚥下すると、カッと胃の中から火を熾したかの様に熱くなる。
「香りは好きなのじゃが、味にはなれんのぉ…」
楽しむのであればこれの前の酒の方が好きだ、残念ながらこれは楽しむために飲んでいるわけではなく、体を温める目的で飲んでいる。
コップに注いだ残りを一気に煽り干し肉もむしゃむしゃと平らげ、コップの中を少し法術で取り出した水で洗い再度収納する。
僅かばかりに寒さが気にならなくなり、なるほど命の水と呼ばれるのも納得の効能だと思っていると、地吹雪がしばし止み二つ三つさきの丘の麓に今晩過ごす予定になるであろう小屋が見える。
その姿を確認するや否や、風の幕引きが地吹雪の緞帳を下ろしその姿は幕の向こうへと隠れてしまう。
「うむ、順調に進めておるようじゃの」
寒さに強く酒で温めたとは言え寒いものは寒い、酒が命の水というのなら暖炉は命の灯火だ。その揺らめきを地吹雪の幕の向こうへ夢想し、見えたのなら今すぐにでもとばかりにピシャンと手綱で馬の尻を叩き合点承知と力強く歩を進める馬のタテガミを眺めるのだった。




