139手間
ちらちらと雪が降りしきる中、教えられた道を通りサンドラが今住んでいるという家に馬車に乗って向かう。
シニュとルースはワシらが出かける直前に元いた町へと戻っていった、馬車はと思ったのだがどこからか買い上げ道々の町や村を視察しながら帰るそうだ。
結局ルースがワシの事をすっぱり諦めた理由は教えてもらえなかったが、別れしなカルンとルースがしっかりと握手をかわしていたのが印象に残っている、男の友情ってやつなのだろうが今ではよく分からなくなってしまった…。
「のう…なんぞルースから聞き及んでおるんじゃろ?」
「すみません」
「むぅ…」
何度聞いてもこれだ、嫌がるでもなし困ったように笑うだけなのでこれ以上の追求も出来ない。
横を向いてカルンの困り顔を眺めるのを止め、視線を前に戻すと荷馬車の下に斜めになった板を取り付けた馬車が歩いている。
時折人が乗り降りしているところから見て乗り合い馬車なのだろう、斜めについた板は除雪用のものなのだろう、街中を走り回る乗り合い馬車を除雪馬車にするとは中々面白いことをする。
御者台に座りそんな事を考えているのも目の前の乗り合い馬車のせいなのだが、徒歩より多少速いとは言えまるで草を食みつつのようなのんびりさで、自ずとその後ろを走る此方ものんびりとせざるを得ない。
道幅は馬車が二台並行してもまだ多少余裕があるので、追い越せれば良いのだがあいにくそうも行かない、対向からはひっきりなしに荷を満載した馬車や人が好き勝手に歩いている。
下手に速度を出せばたちまち事故現場に早変わりだ、釣り上げたばかりの魚を運んでいるわけでもないので急ぐ必要も無いし、教えられた道以外知らないので裏道をというわけにも行かない。
「しかし…結婚の寿ぎだけの旅路のはずが、いつの間にやらワシらの結婚の報告もすることになるとはのぉ」
「何度目ですかそれ」
「う…うぅむ、しかしの…」
確実にからかってくるような友達に恋人を紹介しに行く前の様な気恥ずかしさに、言われた通り何度も確認するかの様に振る舞うワシにくすくすとカルンが笑う。
そんなやり取りを何度か繰り返し、いつの間にか前を塞いでいた乗り合い馬車も消えた頃、ようやく目的の家が見えてきた。
まるで板チョコレートの様な色合いの扉にクッキーの様な風合いの壁、何となく美味しそうと思ってしまうその家の前に馬車を止める。
インディらに馬車で待ってもらい、ビターチョコの上に乗せられたミルクチョコで出来た獅子のような動物のドアノッカーをコンコンコンと鳴らす。
ドアノッカーは大抵金属であるが、こんな寒い地方で金属を持てばたちまち扉の飾りの仲間入りだ、そんなわけでこの地方のドアノッカーは木製が主流だ。
そしてドアノッカーは裕福な家の証でもある、それがないと呼び出せない程の広さと言うのもあるが、治安の悪いところでドアノッカーなど付いていればたちまち盗まれてしまう、だからこそ治安の良い所に住めてなおかつ広い家を持つ物の証と…そしてその更に上の証は門と門番となる。
ミルクチョコの獅子に睥睨されつつ暫し待つと中からタタタタと足音が聞こえ、扉の前で止まるとガタンと閂を外す音が響きゆっくりと扉が開く。
「どちら様でしょうか?」
「ん?うむ、セルカというのじゃが」
てっきりサンドラが出てくると思っていた所に頭に三角巾を乗せシンプルなエプロンを来た恰幅のいい家政婦といった感じのおばちゃんが現れた。
「えーっと、あ!あぁ、奥様ー!おくさまー!お客様がお見えにー」
聞いた名前を記憶の水差しから取り出すかのように頭を傾げ、目的の水が出てきたのか膨よかなお腹をたぷんと揺らし家の奥へと向かって声を張り上げた。
すると今度はダダダダとかなり力強い足音が奥から響き、懐かしい顔が奥から現れる。
「セルカちゃん!久しぶりね!本当に久しぶり…もう会えないと思ってたから…」
目尻を拭うサンドラの姿にワシも思わず涙ぐむ。
「あら、カルンくんも居るのね、お久しぶり」
「お久しぶりです、サンドラさん」
「あー、俺達もいるんだが…」
「あら、どこかの雑用係かと思ってたわ」
「くっそお前もかよ!」
天を仰ぐアレックスを見て三人で笑っていると、奥からもう一人男性がゆっくりと出てきた。
「サンドラ、その人達が?」
「えぇそうよ。カルンとアレックス達とは以前仕事したから知ってるでしょうけど、こっちの子は初めてよね」
「あぁ、その子が噂のセルカちゃんだね、初めまして私がサンドラの夫ジョルズだ」
「初めましてなのじゃ」
「さぁさぁ、こんなところで立ち話も何だし中に入りましょ、馬車は…お願いね」
「かしこまりました奥様」
どうやら家政婦の人が馬車の面倒を見てくれるらしく、インディ達も馬車から降りて家の中へと入る。
「あぁ?その子は?」
「ん?あぁ…こいつはこっちに来る前に拾ったアイナってんだよ」
「は、はじめまして」
「はい、はじめまして」
頭をアレックスにがしがしと乱暴に撫でられながら、おずおずと挨拶をするアイナにサンドラがにっこりと微笑み返す。
その優しそうな微笑みや、華美ではないもののしっかりとした仕立ての艶やかなドレス姿は、まさに奥様と呼ばれるに相応しい貫禄だ。
「お店の主人に嫁いだとは聞いておったのじゃが…ここはそのお店ではないのかえ?」
「ははは、私は主に職人などからお店に商品を運んだり卸したりするのが専門だからね、倉庫はあるけどお店は持ってないんだ」
「ふむ、なるほどのぉ」
商売には詳しくないが所謂、仲卸や運送業者のようなものだろうか。
確かにこの世界、街中なら兎も角町から町への運送は文字通りの命懸けだ、そのリスクを自分たちの代わりに負ってくれる商売は中々儲かるのかもしれない。
客間へと通され、アレックスら四人がソファーへと腰掛け、ワシとカルンは少し小さめのソファーへと二人で腰掛ける。
「さてと、君たちがわざわざ妻を訪ねてきた理由はなんだい?」
「ん?うむ、結婚のお祝いをと思っての」
全員が席に座ったのを確認すると、早速とばかりにジョルズが本題を切り出してきたのでこちらもあっさりとそう答えると、目を点にして驚いている。
「えっと…他には?」
「いや、それだけじゃが…強いて言うのであれば、こちらに来たついでに水のダンジョンに挑もうかのぉとそれくらいじゃの…」
「本当に…それだけのために世界の反対側から…?」
ジョルズは信じられないものを見たとばかりに頭を抱えているので、サンドラをちらりと見れば此方もちょっと困り顔で微笑んでいた。
「うーん、私もちょっとびっくりだけど、セルカちゃんだしねぇ…」
「それは…どういうことだい?」
「セルカちゃんってば、こんな可愛らしい見た目だけどものすごく強いのよ…それこそ魔物ですら歯牙にも掛けないくらい。彼女がいれば道中の襲撃されたときのリスクは無いも同然ね」
「普通なら一笑に付す所だが…君が言うのなら本当なんだろうね…ふむ…」
「専属の護衛なぞにはならんぞ?」
「む。それは残念だ」
顎に手を当てこちらを品定めするかのように見てきたので、先んじてそう言ってみたが図星だったようで降参を示すかのように両手を上げて本当に残念そうにしている。
「おぉ、そうじゃ…祝いの言葉だけではなんじゃからの…結婚祝いの品を持ってきたのじゃ」
そう言って中央に置いてあるテーブルの上へ組木細工の箱や香石、積み木を出していく。
「これは向こうの街で買った小物入れじゃ、この積み木は子供が出来たときの遊び道具にと思うての、あと香石なのじゃ」
「きれいな箱ねーうれしいわ、こちらの積み木も早速使わせてもらうわね、ところでこの香石の箱開けても良いかしら?」
「うむ、カカルニアのものが良かったのじゃろうがそこまで気が回らんでの、道中手に入れたもので悪いのじゃが…」
頬をかきつつそんな事を言ったのだが、当の本人らは言葉も聞こえないとばかりに驚きに固まっていた。
「セルカちゃん…?」
「なんじゃ?」
「これの価値わかってるわよね?」
「う?うむ、もちろんじゃ。最高級の香石じゃと聞いておる」
「それはそうなんだけど…こんなものどうやって手に入れたの?私達でも手に入れるどころか、見ることすらおいそれと出来ないくらいのものよ?これ」
「いや、普通にそれを作っておる町で…」
「あーちょっとサンドラ落ち着こう?セルカちゃん、これを作ってる店は私も知っているが…一見は見るどころか店に入ることも出来ない所でしか、これほどのものは手にはいらないんだよ」
「ん?おぉそうじゃったのか。うむ、その時いっしょに居ったものに紹介してもろうての」
「もしよければその紹介してくれた人を教えてくれないかい?」
「ルースじゃ」
サンドラとジョルズは何度めかの驚きで完全に停止してしまった。
「の…のうカルンや…なんぞ変なことでもあったかの…?」
「あーセルカさん…?普通貴族とは接点なんて持てませんよ」
「おぬしがそれを言うかの?」
それもそうかとばかりにカルンの少し乾いた笑い声で、ようやく二人が再び動き出す。
「セルカちゃんだしもう細かいことはどうでもいいわ…それより二人共すごく仲良さそうね…もしかして付き合ってたり?」
サンドラは呆れ顔で一つため息を吐くと、途端にニヤニヤした顔でこちらを伺ってきた、そのセリフにカルンと顔を見合わせニヤリとしてから、カルンの腕にひっしとしがみ付く。
「んふふふ、ワシらも結婚したのじゃよ」
「やっぱりそ…え?えぇええええ」
サンドラのその反応と照れた様子のカルンに満足して腕を放す、その後も思い出話やサンドラと二人きりで少々下世話な話で盛りあがったりなどがあり、結局夕飯まで居ることとなりご馳走になるのだった。
「しかし、夕飯をまでご馳走になって悪いのぉ…」
「なに言ってるの、あんな凄いものもらってご馳走すらしないなんてありえないわ」
とそんなふうなやり取りもあり、ジョルズも水のダンジョンに行くのであれば後日是非来てくれとの事だったので日取りを約束し茜色の空の下、宿へと帰るのだった。




