135手間
驚愕に目を見開き、同じくあんぐりと開けているだろう口を手で隠している老婆は、次に感激に打ち震えているかのような顔になり、ゆっくりを膝をつこうとする。
「いらん!いらんのじゃ!」
ガタンッと音を立て立ち上がったワシの声にびっくりしたのか老人も老婆も固まったかのように動かなくなる。
「いや…すまぬ…けれど、うむそのようなことはせんで良いのじゃ」
ご老体の前で大声はまずかったかと、今度はゆっくりとした口調で膝をつくのをやめさせる。
「あぁ、何に慌てたかは知らぬがよいよい。しかしヘルダよどうしたのだ?」
「えぇ、えぇ。まさかまさか。失礼しますわね、最近はどうしても立つのが辛くて」
安楽椅子の横に置かれた椅子に座ると、跪かなかった代わりとばかりに深く頭を下げる。
短く切りそろえた髪から伸びる耳は背の代わりにピンと真っ直ぐ立ち、尻尾はまるで麦束を集めたかのようなものが三本付いている、髪も尻尾も風に揺れる麦の様な艷やかな色だ。
「あなたごめんなさいね、まさか始祖様に会えるとは思ってもなかったので」
「始祖様…じゃと…?」
老人の口から飛び出す前に、ワシの口から疑問が飛び出した。
「えぇ、昔々若木が巨木になるよりはるか昔に九つの尻尾持つ獣が南に行ったと言われていて、私はそれの子孫が集まっていた里の出身なの」
パサリと三本の尻尾が嬉しそうにゆれる。
「僕も話に聞いたことがあります…けど…」
「多分だけど私もその話は知っているのよ、気にしなくていいわ」
「えっと…たしか獣ではないのですが、北から来た幾本もある尻尾を優美に揺らす美女が、町の領主に取り入ってその町を滅ぼしたとか…」
まんま九尾の狐のような逸話があるとは…というかよくその話を知っていてワシに惚れたというか…。
「しかし、ワシは獣人ではあるが獣では無いし、何よりそのような昔には生まれてすらおらんのじゃが」
「私はもう無理だけれども、私の里の人はみな獣の姿になれるのよ」
確かにワシは成長した姿へと変身できる、しかもその見た目は正しく傾国の美女、美女へと変化出来るなら獣にも変化出来ると考えるのは確かに無理からぬ話ではある。
しかも、出来るとなるとそれは二つの話をきっちりと結びつける、その美女が滅ぼした後どこに行ったかなどは話に残ってないそうだが。
「けど、私の里の人達は血が薄いのか力がないのか精々三本が精一杯なの、それでも身の丈を越える狼の姿へと変われるのよ」
「尻尾の多さで大きさが変わると?」
「えぇ、概ねそうね。若い子だと尻尾が多くても逆に、普通の獣程度の大きさになってしまうのだけれどね」
「ふぅむ」
ワシがヘルダと一対一で話している間、カルン達も楽しく会話しているようだった、獣人を妻にしたときの心得とか話し合っているのは聞かなかったことにしよう。
「ふふふ、どうしても私達獣人とヒューマンは価値観などが違うものね、それを知ってもらうのは良いことだわ」
「ふむ、たしかにそうじゃの」
「私からも一つ、気をつけてほしいのは獣人の女性は番になると途端嫉妬深くなるの、それでカルンくんに嫌な思いをさせないようにね」
「う…うむ…心得たのじゃ」
堅苦しい言葉遣いは嫌だと言えば流石は年の功といえばよいのか、ワシを敬いながらも孫に言い聞かせるような口調で色々と話をしてくれる。
話が一段落したところでしかしと、自分が獣になった姿を思い浮かべる、とたんグラリとまるで崩れ落ちるかのように体が落ちて地面へと叩きつけられる。
幸い痛くは無かったのだが、何事かと思う前に何かが目の前にひらりと落ちてきて視界を塞ぐのだった。




