134手間
夕食を楽しんで、新たに頼んだお酒を楽しんでいるとルースがやってきて明日領主が会ってくれるという事だった。
忙しいと聞いていたので何日も待たされる覚悟だったが、流石に貴族が挨拶に来たとなればそこまで待たせるわけにもいかないかと一人納得する。
「あっ」
「ん?どうした」
「いや、サンドラの家の場所を聞くのを忘れとった」
「確かそれに会いに来たんだったな?」
「うむ…昨日の内に聞いておくつもりじゃったのじゃが…思いの外街中を歩くのに精を出してしもうてのぉ」
「ははは、それだけこの街を気に入ってくれたということじゃないか、ではその御礼と言っては何だが調べさせて此方に伝えるよう言っておこう」
「おー助かるのじゃ」
まだ良いところを見せてと一瞬思ったが、以前までと違いその言葉に下心は感じないので諦めたというのは本当なのだろう。
ヒラヒラと手を振り去っていくルースの背中を眺め、領主に会うのなら二日酔いで会うわけにもいかないと、酒を飲む手を止めさっさと寝支度を始めるのだった。
「ふわぁ…」
「はい、いいですよ」
「やはりカルンが一番じゃのー」
あくびを逃すまいと両手で口を塞ぎ八方塞がりのあくびを噛み締めたころ、コトンと櫛を置いたカルンが声をかける。
クローゼットのそばに設えてあった化粧台から立ち上がり可笑しい所がないか確認してもらう。
「えぇ、似合ってますよ」
厚手の生地をワンピースに仕立て裾や肩口に毛皮をあしらったものをきてスカートを広げるようにくるりと一回転する。
「では、行くかの」
宿の前に停まっている立派な屋根付きの馬車に、すわ何事だとちらほらと集まっている人の隙間を抜け乗り込むと、先に乗っていたシニュ達と挨拶をしたのを合図に馬車が動き出す。
ゴトゴトと石畳の道を行き、喧騒が静かになってきた頃この街の領主の館へと到着した。
「おぉ、これはまたなんとも」
雪かきが大変だからという理由かは定かではないが、カカルニアの家よりも随分と狭い庭の中央に、先程までいた宿を城と例えたのが烏滸がましいほどに城という表現が今まで見た建物のなかで、これほど相応しいものはないだろうという総石造りの建物が目の前にある。
建物の威容に感心しきり、その間に門番と会話をしていたルースの呼びかけで我に返ると、館の家令の案内で領主の下へと案内されることになった。
高い天井と磨かれた石で組まれた廊下を暫く歩くと大きな両開きの扉が目に入る。
「旦那様お連れしました」
「入れ」
喉を酒で洗い上等の油で艶を出したかの様な声が部屋の中から響くと、家令が両開きの片側だけを開け中へと促す。
てっきり執務机などが置かれた仕事用の部屋に通されると思っていたのだが、通されたのは私室のようでランプと暖炉の炎に照らされた部屋は飴色のよく使い込まれた落ち着いた家具のみで構成されている。
部屋を見回しているとギッっという木が軋む音とともに暖炉の前で揺れていた安楽椅子から一人の男が立ち上がった。
顔に刻まれた皺は老人といって差し支えないものだが、背筋はピンと伸び灰色の髪と同様豊かに蓄えられた髭はきっちりと四角く見えるように切りそろえられている。
長い年月手入れを怠らず、しっかりと使い込まれたなめし革の様な雰囲気を醸し出す老人が、ゆっくりとルースの前へと歩き右手を差し出す。
「よく来たなルース」
「お久しぶりでございます、フェイルス様」
「前に会ったのは…ふむ、確かお前が跡を継いだ頃か」
「そうですね、あの時かけていただいたお言葉のお蔭で、何とか当主としてやっていけています」
「して、今日は何の用だ?昔話に花を咲かせる歳でもなかろう?」
「はい、本日は私用でこの街に寄りましたのでご挨拶にと…それと道中一緒になりました彼らも一緒に挨拶をと思いまして」
「会うのを楽しみにして誰かとは今まで聞かなかったが、彼らは?」
興味深そうに老人がこちらを眺めてくる、会う約束を取り付けた時どうする見ず知らずの者を誰何しないとは、よほどルースを信頼しているのだろう。
「はい、彼らは南の領地の者です」
「はじめまして、フェイルス様。カカルニアの領主カカルスの息子カルンで御座います」
「ワシはカルンの妻のセルカじゃ」
「ほう!あやつの…。三番目が生まれたと聞いていたがそうか、そうか…」
カルンの名を聞いてまるで長いこと会ってない親友の子供を見たと言った具合に目を輝かせた、そしてワシがカルンの妻じゃと自己紹介すれば今度は同志を見つけたと言わんばかりの喜色に富んだ輝きが目どころか顔全体に宿る。
「さてこれ以上の堅苦しい挨拶は老いぼれの歯では噛み砕けぬ、君たちもかけなさい」
温めた酒のように柔らかくなった声音で暖炉の前のソファーや椅子に促しながら、自身も安楽椅子の向きを変え心地よく響く木の軋む音と共に深くかける。
「さてと何にせよ世界の裏側からよく来たね、この領を代表して歓迎しよう」
ぱっと見は気難しい職人然とした老人だが中々に茶目っ気のある人のようだ。
「ふーむ、南の者は獣人を妻にするのを嫌がっていると思っていたが…君は中々見どころのある男のようだ」
目を細め老人は嬉しそうに微笑んでいる、確かこの人も獣人を娶っていると言ったか…確かに自分と同じものが好きな人と言うのは、何とも言えない好感と言うか共感を持つものなのだろう。
「その上、私の妻と同じ何本もある尻尾とはなんともなんとも」
「ん?」
何本もある尻尾という言葉に何となく嫌な予感を覚え、丁度その時部屋の奥へと続く扉がギギギとゆっくりと開かれる。
「丁度いい紹介しよう、これが私の妻のヘルダ」
指し示すように掲げられた手の先には、少し背が曲がり品の良さそうな皺を刻んだ老婆の顔が驚愕に目を見開いている姿だった。




