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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
第四章 女神の願いでダンジョンへ再び
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133手間

 雪を払い落とし防寒マントをしまってから宿へ入ると食堂は食事をまだ始めていないようで、暖炉の前で番をしている人以外はポツポツと飲み物を飲んでいる人くらいしか居ない。

 日も暮れかけたと思っていたが、もしかしたら雲が厚くなり暗くなっただけかもしれない、キョロキョロと見渡すがここを見る限りカルン達はまだ帰ってくる時間ではなさそうだ。

 途端雪道で雪よりも身にしみた寒気が襲ってきた、ぶるりと身震いしてタタタと火のそばに寄る、手を伸ばしゆらゆら揺れる熱にほっとしてると料理とは違う、鼻を綿毛の様にくすぐる香りに思わずくしゅんとクシャミをする。

 寒さでリンゴの様に赤くなった鼻先をこすりながら香り暖炉を半周すると、薪を焚べていた人が暖炉から少し離れた位置に置いてある壺へ、小脇に抱えてなお大きい樽からとくとくと薄黄色の液体を注いでいる所だった。


「はぁ、近づくとますます良い香りじゃのぉ」


「ん?料理の鍋はまだ厨房だが…もしかしてこれかい?」


 壺に入り切らなかったのか、樽を床に置きポンと叩くとちゃぷんと水が跳ねる音がした。


「おぉ、それじゃそれじゃ」


「まだ温まってないのによくわかったね」


 椅子に座って壺を柄杓でかき混ぜながら自分はここまで近づかないと無理だとばかりに、樽に蓋をする前に鼻を近づけて肩をすくめ髭を生やした顔を楽しそうに歪める。


「流石に入り口からは無理じゃが、暖炉に近づけばよう香っておる」


「ふーん、ということはこれ目当てかな」


 柄杓で壺を叩けばコンコンと少し厚ぼったい陶器を叩いた音が響く。


「うむ、そうじゃ。温かいそれは一段と香りが立ってこれがまた…」


「ははは、若いのにしてはよく分かってるじゃないか」


 温まるまでまだ時間がかかると言うので、折角だからと近くのテーブルから椅子を一つ拝借し、薪の主としばし談笑する。

 ガラリと音を立て崩れた火の山に薪を焚べ、香りが一層華やいだ頃、柄杓で大きなジョッキに酒を汲み木のコップを添えて此方に差し出してきた。


「コップは二つ頼むのじゃ」


「連れが居るのかい?」


「うむ!」


「それはそれは羨ましいね」


 ジョッキの代わりに銅貨を渡し、コップを受け取ると塞がった両手の代わりに尻尾を振って部屋へと戻る。

 キィと木の扉を肩で押すように開くと部屋の中は薄暗く、やはりカルンはまだ帰ってきてないようだった。

 スンスンと子狐の様に鼻を動かすが、部屋には今入ってきた酒の香り以外せずあれから一度も立ち寄ったりもしてないようだ。

 寝台のサイドチェストへジョッキとコップを置き、ランプに火を灯すと香りの様に柔らかい光が部屋中に広がる。

 コップに酒を注ぐと寝台へ腰掛け、両手で包み込むように持った酒をゆっくりとあおる。


「ふぅ…温まるのぉ」


 暖炉では温めきれない芯の冷えを、じんわりと溶かしてゆく感覚に目を細める。

 幾度か口に運び、底の見えたコップに酒を新たに注ごうと、腰を上げたがすぐに力が抜けてすとんと再度寝台へと腰が落ちる。


「カルンが帰ってきてからにするかのぉ」


 コップをサイドチェストに置き、靴を脱いでランプを消すといそいそと寝台の中央へと移動するのも惜しいとばかりに、既に丸まって寝ているスズリとフェンに倣って丸まると意外と疲れていたのかすぐに寝息を立て始めることになった。

 どれくらい寝ていたのか人の気配と目に入る柔らかい光に目を覚ますと、カルンがワシの髪を撫でながらお酒片手にこちらを微笑みながら眺めていた。


「おはようございます」


「んふー」


 起きたのに気付いたのか笑みを深めるカルンの手に、甘えた声を出しながら頭をこすりつける。


「夕飯はもうすぐ持ってくるそうですよ」


「もうそんな時間かえ、ところで今日はどこへ行っておったんじゃ?」


「教会の方にちょっと後は色々と…まぁ…」


「教会と言う事は名前の確認かの?まったくあやつはまだ諦めておらんのか」


「そうですね、それについては多分大丈夫かと」


「そうなのかえ?」


「ええ」


 カルンが言うならそうなのだろう、しばし目を閉じて髪をなで時折耳に触れてくる手の感触を楽しむ。


「セルカさんも飲みますか?冷めてたので温め直したものですが」


「よい、ワシには酒より此方のほうが魅力的じゃ」


 リンゴ酒のようなぶどう酒の様な不思議な味わいの酒は、薪の火でゆっくりと温めたほうが香りも味わいも良い。

 カルンやアレックスにしてみればそこまで変わらないそうだがそうなのだ、けど今はそれより魅力的なものが目の前にある。


「おっと」


「夕飯までしばしこのままで…の?」


 体を少し動かしてカルンの膝へ頭を乗せる、急な動きでコップを取り落としそうになっていたが何とか落とさず持ち直すと、カルンはニッコリと微笑む。

 どんなに温めた酒や度の強い酒よりも、こちらのほうがよほど酔えるというもの、暫く髪を梳く手を楽しんでるとノックと共に食事を運んできた給仕がバツが悪そうな顔をしたのは言うまでも無いことだった。

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