132手間
飲んで騒いで、歌って踊ってその後眠ったかのような気だるさの中で目を覚ます。
寝ぼけ眼で周りを見ればカルンの姿は既に無い、見回すのを止めしばしぼうっとそこに何かあるかのように目の前を見ていたが、こらえきれずにまるで狐がケンカする時のような大口を開けて一つ大あくびをする。
あくびとともに眠気を追いやると、乾いた唇をペロリと一舐めして湿らせると改めて周りを見渡す。
暗闇に目が慣れているため多少暗かろうと部屋の中は隅々まで一望でき、閉め切られた二重窓から薄っすらと漏れ出る光からとっくに日は昇っていることが分かる。
一日中火を入れているのであろう煙突の熱で部屋の中は変わらず暖かい、そんな中テーブルの上にひっそりと置かれた食事を乗せたお盆に目が止まる。
ランプに火を入れようと手を近づけるとまだほんのりと温かく、つい今しがたまで居たのであろうことが分かる。
部屋の中を柔らかく照らすランプを片手にテーブルへと近づくと、ほんのりと温かかったランプとは対象的に朝食は冷めきっていた。
「まったく…起こしてくれれば二人で温かい朝食を食べれたのにのぉ…」
法術で料理を温め直すことは容易いが、折角のカルンの気遣いを感じるためそのまま食べる事にした。
カルンは今日一日、少なくとも夕飯までは戻らない、さてどうするかとまずは勢い良く窓を開けると、開けた勢いよりも強く雪が吹き込み慌てて窓を閉める。
「これは外でぶらぶらするのは無理じゃの」
カルンと二人でならともかく、何が悲しくて一人雪の中で目的もなく歩かないといけないのか。
早々に今日一日、この温かい部屋に引きこもることを決め、暇になる前に暇に飽き一体全体なにで時間を潰そうかと寝台へと腰掛ける。
どすりと縁に腰掛けた振動で起きたのか、子犬が可愛らしくあくびをするとトコトコとワシに近づき手をペロペロと舐める。
「おぉそうじった、おぬしに名前を付けんとなぁ」
情が移るといけないからと名前を決めてなかったのだが、飼うことを決めた以上子犬呼ばわりは無いだろう。
いまだペロペロと寝台についた手の甲を舐めるその姿に、思わず抱きかかえて頬ずりしたいところだったがなぜか抱きかかえられることを嫌がるので、代わりに手の甲を子犬の頬に当ててやると頭をこすりつける仕草を見せてくれる。
「良い名前を付けんとの」
ふーむふーむと腕を組んで考えているのが楽しいのか、とてとてよろよろと子犬はワシの周りを周っては尻尾に顔をこすり付けたりしている。
ふと下を見れば、示し合わせたかのように子犬の瞳にじっと見つめられる、まだまだあどけない顔立ちだが将来はきっとキリッとした顔になるに違いない、なぜならば昔見たシベリアンハスキーの子犬にそっくりだからだ。
雪を連想する毛並みに凛々しくなるであろう犬…ときたらアレしか思い浮かばない、直球そのままはどうかと思うので捻りというよりも、拝借するという意味でちょっとだけ。
「フェン!フェンと言う名はどうじゃ」
そう言って頭をひと撫でしてやると、まるでしばし思案するとばかりに顔を下に向け、ややあって顔を上げれば「ワン!」と鳴いて手をペロペロと舐めてくる。
「んふー、そうかー気に入ったかえー。しかしそうなると後はどうやって暇を潰すかのぉ…」
名が決まったのが嬉しいのか、いまだ丸まって眠っていたスズリを叩き起こし、まるで大蛇とそれに絡め取られた猟犬の様にゴロゴロと、寝台の上を二匹仲良く転がっている様子を眺めなが独りごちる。
二人だと暇も良いものだが一人だと耐え難いものがあるとばかりに、寝台から立ち上がり一縷の望みをかけるかのようにそっと窓を開ける。
幸い風は収まったのか吹き込みこそしなかったが、ちらちらと…とは決して呼べない程度の雪がいまだ降っていた。
そっと手を差し伸べてみると、さらさらと雪が手のひらの上でさっと溶けてゆく、まさにパウダースノーと呼ぶに相応しいその手触りに、これならばと出かける決意をする。
「スズリ、フェンでかけるのじゃよー」
その一言で二匹はじゃれ合うのをやめ、スズリは尻尾にフェンはワシの横へとぴったりとくっついて来る。
宿の人にオススメの商店とお昼を食べれる店がある場所を教えてもらうと、二匹を伴って粉雪降り積もる街へと防寒マントについているフードを目深に被りくり出すのだった。
食べ物屋を聞いたのは大抵の宿の食堂はお昼をやってないからだ、と言うのも近くの飲食店の顔を潰さないためだとかなんとか、やはり人間どの世界も変わらないのか近くで済ませれるなら近くで済ませたくなる、なれば旅人商人は宿でしか飯を取らなくなる、するとどうだろう娯楽が乏しいこの世界、面白い話は宿屋でだけ町の食堂では住人の愚痴ばかりなりとなってしまう、だから宿屋は昼飯を作らないのだとか、それも酔っ払いから聞いた話なのでどこまでが本当かは分からないが、ただひとつ本当なのは昼が無いということだけ。
「うー、流石にさぶいのぉ…。おぬしは大丈夫かえ?」
流石にもふもふ毛皮に包まったフェンは寒くないのか、ひょっこひょっことジグザグにジャンプしながら着いてきている。
ぎゅっぎゅっと雪を踏みしめながら歩いていると僅かばかりに体が上気し寒さが和らいだ頃、こんな雪の中だと言うのに露天がいくつも並んでいる場所に出た。
「ほう…これはまた立派な魚じゃのぉ」
「らっしゃい、お嬢ちゃん今日はおつかいかい?」
そんな露天の一角、雪が左右に落ちるよう三角に張られた幕の下、木の箱の上に乗せられた魚を売っているお店に、ついついその懐かしい魚の並び方に覗き込んでしまう。
すると当然だろう、すわ客かと陽にこんがりと焼けた偉丈夫が遠くの船と喋っているのかとばかりの大声で話しかけてくる。
「つかいでは無いのじゃが、旅に良い干し魚なぞないかの?」
「干し魚ぁ?んなもんないよ!今朝獲ってきたばかりの新鮮な魚だ、干すなんて勿体無いことするかよ。それに干さなくても外に出してるだけでほれこの通り」
二匹の魚を適当に取るとまるで太鼓のバチの様にお互いを叩くとカチカチと音をたてる。
「なるほど、凍ってしまうのかや」
「あぁ、そうだ。旅ってんなら簡単なのが良いだろう、この魚は塩焼きにこっちのやつは煮込むとうまいぜ」
「ほほう、ふむ。それでは塩焼きの魚と煮込みの魚をここに出してあるもの全部貰おうかの」
「おぉ、貴族もびっくりの太っ腹だな!気に入った!全部で銅四十五でいいぜ」
腕輪から銅貨が入った袋を取り出し、それからじゃらじゃらと四十五枚取り出し店主に渡す。
「それとこっちの袋に塩焼きを、こっちの袋に煮込みを頼むのじゃ」
「おぉ、嬢ちゃんはハンターだったのか、その年でなるほど太っ腹な訳だ」
「しかし、女性に太っ腹はあまり褒められぬ褒め言葉じゃのぉ…」
「ははは、違いねぇ!」
談笑しながらも手早く袋に詰められた魚を受け取ると、再度腕輪に収納する。
「ところで聞きたいことがあるのじゃが」
「おぉう、なんだ?おっと嫁がいるからな?」
「ワシも夫がおるからの?」
「その年で?いや、宝珠があるからいが・・・とと余計な口は魚を逃がすからな、でなんだっけ」
ギロリと睨むと慌てて口を閉じた店主が、口に魚油でも塗ってるのかすぐさまおどけたように喋りだす。
「オススメの食い物屋なぞ無いかと思っての」
「それならこの先の広場にある、魚と銛と皿が描かれた看板の店がオススメだぜ」
「そこに魚を卸しておると」
「ははは!バレちゃ仕方ねぇ、その通りだ。けれど味はばつぐんだ」
「そうか、それは楽しみじゃのぉ」
「おう、それじゃまた何時でも寄ってくんな!お、旦那らっしゃい塩焼きと煮込みの魚は売り切れちまったけど他にもあるぜ!」
ちょうど他の客が来たので露店を後にし、宿で教えてもらったお店と露店で教えてもらったお店が同じと言う偶然に一人ニヤニヤしながら丁度お腹も空いたので少し早足で向かうのだった。
教えてもらったお店は、次はカルンと絶対来ようとそして買った魚の味も期待できるだろうそう思わせるに十分だった。
その後もぶらぶらと商店を巡り冷やかしたり、あのぶどう酒の様なものの原料はコレかというリンゴ大の果実を買い込んだりして、全身粉雪で真っ白になった頃ようやく宿へと帰り着くのだった。




