1344手間
最初の伝令兵が来てからしばし、また次の者が慌ててやって来て、同じような報告をワシらにもたらす。
魔物の大群がやって来るまでの数刻にそれを数度繰り返し、皆が皆、同じ様に足の速い者だけが先に戻り、他は足止めを諦めて帰投しているというのだから、なかなか帝国の下っ端と言うのは訓練が行き届いているようだ。
「さて。そろそろ見える頃合いじゃと思うが」
「見えました! 魔物の群れです!!」
砦の防壁よりも一段と高い側防塔の上でワシがボソリと呟けば、同じ場所に立つ見張りの兵士の一人が叫び声をあげる。
その声に反応し、防壁の上にまるで花火見物の客の様に詰めかけた兵士たちから、ざわざわと動揺の声が上がる。
彼らの声は、じわりじわりと岩から水が染み出るように、地平線に黒いモノが浮かび上がるのがはっきりと見え始めると、にわかに大きくなり始める。
やはりというか、この大平原に潜む魔物たちは、ワシのよく知る元来の魔物に近いようだ。
つまるところワシになじみ深い獲物という訳だ、要するに自ら岸壁より荒れ狂う海に飛び込むネズミの群れに等しい。
「やはり我々に武器を取る許可を!」
「あの程度の魔物、ワシに掛かれば物の数ではないからの。これから起こること、目の悪いおぬしらにも良く見えるよう、もうしばし待つがよい」
それにしても、射程外ということもあるだろうが、誰も銃や大砲を無駄に撃とうとしないのは、なかなかどうしてたいしたものだ。
とはいえそれがいつまで続くかはワシには保証ができない、攻撃するな攻撃したらお前を殺すと脅しておいたところで、やらかす奴は必ずやらかすものだ。
ならば射程外の内に排除するのが良いだろう、彼らが激発するのも防げるし、何より圧倒的な差を見せつけることにもつながる。
「ところで、投石機の射程はどの程度じゃ」
「それでしたら……。あの少々地面が抉れてる所が見えますでしょうか」
「んむ、確かにボコボコと不自然にへこんでおるところがあるが、あの辺りがギリギリ届く範囲かの」
「いえ、命中率を確保した上でですので、飛ばすことだけを考えるのであれば、アレの二倍ほどです」
「なるほどの」
傍に居る男の一人に聞き指差す方を見れば、確かに離れた位置にやや緑が剥げ何かが爆発したように抉れた地形が見える。
その二倍と目測で見やれば、ヒューマンにはどうかは知らないが、ワシには相手の微妙な表情が読み取れる程度の距離。
更にそこから二倍の距離を見ても、ヒューマンの視力であろうとも何が起こったか理解するには十分すぎるほど近いだろう。
「こちらに来るまで、もうしばし掛かりそうじゃのぉ」
ちらりと魔物の群れを見やれば、奴らの足取りはのそりのそりと歩みを覚えたての子鹿の様に実に鈍重。
さもあらん、何せ奴らは出来損ないの、なりそこないの、産まれたてなのだ、いや、生きていないモノに産まれたてというのもおかしいか。
恐らくあれらは零れ落ちたばかりなのだ、どこぞに溜まっていた穢れたマナが、ワイン樽の横腹に穴が開いたかのように漏れ出し産まれ出たモノ。
体を構成する穢れたマナが、幻のようにあやふやなのがその証左だ。
正しくワシの知る魔物の氾濫そのもの、そして奴らが欲するのはただ一つマナだ、己が身を完全にするためのマナ。
そしてここには数千の兵士、そして何よりワシがいるだからこそこのタイミングで、巡回の兵が慌てふためくほど急に現れたのだろう。
とはいえその元はそもそもここに在ったモノだ、今日でなくとも何時かは噴出していただろう。
なれば神国の民の安全の為にも、今出てきたことを感謝すべきだろうと、じわじわと草色の絨毯に広がる黒いシミを未だざわめく兵らの喧騒を聞き流しつつじっと見つめるのだった……




