129手間
熊のように大きな狼が、退いて行った先を暫く呆けて眺めていた。
魔物には額に宝珠が現れる、どういう理屈かわからないがそうなっている、奴が体をひねったからか角度のせいか狼の毛並みの隙間からちらりと宝珠が見えた。
左肩…ととっさに思ってしまったが左前足の付け根…が正しいのか…よくよく考えれば狼の毛並みは白かった。
魔獣や魔物は穢れたマナの影響か、それとも魔獣化する前に体が朽ちかけるものが多いせいか真っ黒か、精々どこかに面影を残す程度の毛色ぐらいでしかない。
「うぅ…む、新種かの?なれば早々にギルドに報告せねば、アレックス傷の具合は馬車の中で見るから早う乗り込むのじゃ」
「あ、おい!セルカちょっと待てよ!」
「おーい、アレックス。剣拾ってきたぞ、おまえだいぶ奮発したんだな、地面に突き刺さってたのに曲がってすらいないぞ」
「あ…あぁ、サンキュー。っと今はそれどころじゃ、まてよセルカ!」
「なんじゃ、話は馬車の中で聞くからさっさと…」
「いえ…あの、セルカさん…」
「んー?どうしたのじゃカルン」
「俺と対応が全然ちげぇ!」
「当たり前じゃ!して、どうしたのじゃ?」
「えっと…それは?」
おずおずとカルンがワシの足元を指差すので足元を見るが何もない。
「いえ、後ろに」
「後ろ?」
「ワン!」
振り返り足元を見ると、そこには雪で紡いだ毛糸で作ったかのような純白のふわっふわな毛玉の愛くるしい子犬がいた。
流石に雪や森の中を駆け回ってるからであろう、ところどころ斑になっているがそれも愛嬌になっている。
「おぉ、何じゃ!何じゃおぬしは!」
思わずしゃがみ込んで首をわしゃわしゃすると、子犬は気持ちよさそうにくぅくぅ鳴いて、そのさまがまたなんとも愛らしい。
「おーいセルカよ」
「はっ、すまぬのぉ…もっと構ってやりたいが、ワシは行かねばならぬのじゃぁ」
馬車に乗り込んでいたアレックスの声で我に返り、尻尾を引っ張られる思いで馬車に乗り込む。
どうやらワシが最後だったようでみんな乗り込んでいたが背後でパサリと音がするので振り返れば、そこには先程の子犬が馬車へと乗り込んでいた
「むむ、ダメじゃよぉ。ほれほれ、これをやるから達者で暮らすんじゃ」
干し肉をチラつかせながらそれに釣られた子犬を外に誘導し、地面に干し肉を置くと素早く馬車へと戻る。
「インディ、はよう」
御者台に座っているインディの声をかけるとゆっくりと馬車が動き出す。
最後に子犬の姿を一目見ようと振り返ると、そこに今度は干し肉を口に咥えた子犬が、くぅーんくぅーんと甘えるような鳴き声を出しながらお座りの姿勢で居た。
もう一度止めてもらって子犬を下ろそうかと考えていると、子犬はワシの前に咥えていた干し肉をコトリと置いて振り向くと馬車の外を確認するかのように縁へと足をかける。
「まさか、おぬしはそれを返そうと…」
「ワン!ワン!ワン!」
子犬のまさかの行動に口を抑えてぷるぷるしていたら、外に向かって突然吠え始めた。
何事かと思い、子犬が少しだけ顔を突っ込んでいるカーテンを開けてみれば、すこし遠くの方に恐らく魔獣であろう黒い点の群れが見えた。
「インディ、群れじゃすこし急いでおくれ!」
さすがに雪道なためそこまで速度は出せないが、それでも点に見えるほどの距離であれば振り切るには十分だろう。
「おぉおぉ、おぬしよう気づいたのぉ」
どうやら先程干し肉を置いたのは吠える為だったみたいで、今はそれに夢中になっている子犬の背中を毛並みを楽しむようになでる。
「セルカさん、その子どうしましょうか?」
「うーむ、そうなんじゃよなぁ…」
子犬の頭を撫でながら、はてどうしようかと首を捻る。
「連れて行ってあげたらいいんじゃないですか?」
「うむ、見たところどうやら懐いているようだしな、恐らく群れから追い出されたかしたのだろう、その状態で置いていくというのも酷というもの、これも余裕あるものの振る舞いだ」
「はぁ…そうじゃな。こんな所にこんなカワイイ子を置いていくのは、ワシも気が引けるしの…」
「ふふ、それじゃよろしくね」
そういってシニュが子犬を撫でようと近づいて手を伸ばすと、子犬独特のよちよちとしたあるきでワシの背後へと隠れてしまった。
「あら?」
「んー、どうしたのじゃ?」
子犬は、馬車の床に立膝をついているワシの尻尾の辺りへそのまま隠れるように体をこすりつけてくる。
その後もアイナやカルンが撫でようとしてみるのだが、ことごとく逃げられてしまう。
「セルカさんにしか懐いてないみたいですね」
「そのようじゃのぉ…しかし、なぜワシの足元におったのか…」
「ん、もしかしてあの狼に襲われる前、セルカが見たというものはこいつじゃないか?」
「うーむ、確かにこのくらいの大きさじゃったような…あの狼にこやつは追っかけられておったのかの?じゃったらワシが最初から狙われていた理由がわかるの」
ワシではなくあの狼はこの子犬を狙っていた、それで子犬にはまるでワシが守ったように見えてそれで懐かれたと…。
「ちょろいのぉ…」
「お前が言うか?」
野生動物がそんな簡単に懐いてはダメだろうと首をわしゃわしゃしてやれば、横合いからそんな言葉を投げかけられた。
「どういう意味じゃ?」
「いや、そのまんまだが…はぁ…まぁいいや」
「ん?っとそうじゃ忘れておったアレックスや傷の具合を見せるのじゃ、雪の上に落ちたとは言え面白いように飛んだからの」
「あぁ、いいってアイナに見てもらったからよ、足の方は打っただけみたいだが腕はちとヒビでも入ってるかもしれねぇな」
「ふむ…幸いあと二、三日で街につくしそこで暫く休めばよかろう。どうせサンドラや領主への挨拶で、それなりに居ることになるじゃろうしな」
こうしてめでたく役立たずとなったアレックスに代わり、子犬がかなり役に立ってくれた。
野営中、ワシやカルンと一緒にテントの中で寝ているときでも、魔獣や野盗の類が近づいてくると吠えて教えてくれるのだ、だからと言って見張りをやめることは出来ないが、それでも随分と楽になった。
お蔭で皆ぐっすりと休むことが出来て、その後も順調に進み、ようやく北の街その防壁が見える位置までたどり着いたのだった。




