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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
第四章 女神の願いでダンジョンへ再び
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127手間

 香石を買いに行った翌日、いつもより寒い部屋の温度と何かが木材に当たっているようなバタバタという音で目が覚める。

 時計もない、窓をきっちりと閉め日差しも入り込まないこの部屋では今が何刻かなど分かるすべなど無いが、それでもいつもより随分と早い頃だとは思う。

 カルンを起こさぬようそっと寝台から這い出てランプへ明かりを灯し、さすがに曇天でも多少の陽の光は分かるだろうと風防室の様に二重になっている内側の窓を開くと、外側の窓の隙間からヒヤッとした風が吹き込みよりはっきりとゴウゴウと吹きすさぶ風の音と、何かが窓へと叩きつけられている音が聞こえる。


「これは…もしや外は吹雪かのぉ」


 外側の窓は外へ観音開きとなる構造で、戸の取っ手を取り付けるような位置にはL字型の金具が両方に取り付けられ、それにぴったり嵌まる形で木の棒を差し込み窓を固定するようになっているのだが、さすがに高級宿と言うべきかカタカタと小刻みに揺れているような音はするもののびくともしていない。

 パッキンなどが無いため窓の隙間からどうしても多少の風が吹き込んでくるが、それを防ぐための二重の窓さすがにこの状態で外の窓を開けて確認する勇気は無いのでさっさと内窓を閉めてストーブへ薪を追加し火を入れる。

 薪に火を点けると言うのは意外と手間と時間がかかるものだが、法術を使うと一瞬だそれとワシには関係ないが、マナの保有量が少なく気軽に使えない者のためか、着火用の魔具までこの宿には備え付けられていた。

 他の宿にはそんなものはなく薪と一緒に火打ち石と藁と小枝を貸出というか売っている程度だった。


「折角じゃから使えばよかったかのぉ…」


 法術がそれこそ自由にいくらでも使えるので、魔具など馬車に付けられている物以外ほとんど最近は使ってないのだが、基本的には魔具の始動方法はどれも共通で法術に使うよりももっと少ないマナを注いで動かす、スイッチを押して機械を動かすと言うよりも、紐を引っ張ってエンジンに回転の取っ掛かりをあたえるような感じだろうか…もちろんそのままだと魔石に含まれるマナを使い切るまで動いてしまうが、どういう仕組みかは知らないが、ある程度動くと勝手に止まるようになっているらしい、魔石を付け替える事ができるものはその機構が働かなくなった時が買い替え時らしい、その話を聞いた時はどこぞのタイマーの事を思い出したものだ。


「さてとこの吹雪では出発できんじゃろうし、もう一眠りするかのぉ」


 やはりまだ早い時間だったのか、すぐうとうとし始め魔具の事を考えたからかまだカルンと出会ったばかりの頃、カルンに魔具の事を教えてもらったときのことを夢に見た。


「ほう…そうじゃったのか」


「えぇ、魔具は高価ですからね、魔石もそれなりの値段ですし、使っているのはそこそこ生活が安定している人ですね、大抵の人は火打ち石などの道具を使っていますよ」


 この世界に来てから殆どの時間は、法術をほぼ制限なく使えるハンターとばかりと過ごし、護衛などで一緒になる商人もそこそこ生活が安定している人に当てはまっていたので誰もが魔具を使い便利な生活をしていると思っていたのだがそうではなかったようだ、その時は法術を使って誰もがファンタジーな生活を送っているわけではないと知ったときに似た衝撃を受けたものだ。

 やはり現実は小説の様にはいかないということなのだろう、この話の切っ掛けは何だったか思い出せないが、今思えばカルンが少しでもワシの気を引き話すために話していたのだろうか、さすがにそれは自惚れかなと夢ながら考えていると不意なノックの音で再び目を覚ます。


「誰じゃぁ」


 夢の中とは言え、カルンと話していたのを邪魔されて、不機嫌さを隠すこともせずに誰何する。


「俺だよ俺」


「詐欺はいらん」


「ちげーよ俺だよ俺、アレックスだよ」


「そんなこと声を聞けばわかるのじゃ」


「分かってんなら誰だーとか聞くなよ、飯に行こう飯に」


「ふむ、もうそんな頃合いかえ」


「さぁ?窓開けても…っとそうだ、セルカ!窓開けてみろ窓!」


 何事か言いかけていたのを止めて、まるで悪戯を思いついたかのような声音でアレックスがそう言ってきた。


「さてはおぬし…雪をかぶったのじゃろう」


「げっ!なんで知ってんだよ」


「その音で一度起きたからのぉ…」


「てことはセルカ、お前も雪をかぶって―「はおらんの」


「ちっ、面白くないな、アイナは引っかかってくれたのによ」


「何をしておるんじゃおぬしは…」


 アレックスの言葉に被せるように否定をしたら、露骨な舌打ちをしてそんな事をアレックスはのたまう。

 北の領地にきて何度か吹雪にあったことはあるが、これほど強いものは無かったし音だけを聞いて吹雪いていると判断するのは、雪というものすら見るのが初めてな地域に住んでいた人には無理な話か。


「まぁよい。アホのお蔭で外の天気がわかったのじゃ、最低でもこの吹雪が収まるまではこの宿に連泊じゃの。あぁ、それと吹き込んだ雪はどうしたのじゃ?残っておるのであれば外に出さねば、雪は水へと変じるのじゃぞ」


「そんなこと言ってもっかい窓を開けさせようとしたって無駄だぜ、水になるのは流石にこんだけいるから分かってたしな、ちゃんと乾かしておいたぜ」


「流石に水になるのは分かっておったか、慌てぬとはつまらんのぉ。それではワシはカルンを起こしてから行く故、先に行っておくれ」


「あぁ、分かった。アイナもすでに先に行ってるから、あんまり遅くなるなよ」


 ちょっとした意趣返しとしてもう一度窓を開けるよう誘導してみたが、流石に気づかれたので適当にごまかしておく、アレックスのように露骨に悔しがったりなぞしないのだ。

 カルンを起こし食堂へ向かう、朝食を頼むとお部屋にお持ちしますと言われたのだ、そういえばそうだったと部屋へと戻る前に宿の人に天気の事について聞いてみれば、何日も続くことは無いが流石に今日収まることはないだろうとの事だったので、連泊することを告げ戻る途中でシニュ達が居ないことを思い出し、シニュの部屋に寄ってその扉をノックする。


「はい、どなたでしょうか」


「ワシじゃ、セルカじゃよ」


「少々お待ち下さい」


 中からシニュの声が聞こえてしばらく、カタンと鍵を外す音が聞こえ扉が開くと、寝間着姿のシニュが立っていた。


「おはようなのじゃ」


「おはようございます」


「んむ、朝食を頼んだでの、後で此方に届けるそうなのじゃが…おぬしらの分も勝手に頼んでしもうたのじゃが良かったかの?」


「そうなんですか?ありがとうございます。それを言いに態々こちらに?」


「それもあるのじゃが、吹雪が強いでの、もう一泊することにしたからそれもじゃが」


「そうでしたか…わかりました」


「んむ、それにしても貴族の当主がおるというのにちと無防備でないかのぉ…」


 一人でほっつき歩いている自分のことは棚に上げて、特に確認もせず扉を開けなかなかにセクシーな寝間着姿のシニュを見てふとそんな事を口にする。


「声でセルカちゃんだってすぐに分かりましたし、それに私だって元ハンターそれなりに腕が立ちますしね」


「なるほど、それもそうじゃのぉ。いや、変なことを言ったの」


「いえいえ、それじゃあ今日は宿にこもりっきりですかね」


「連日はないと言ってはおったが、さすがに弱まらねば外はきついしのぉ」


「わかりました」


「んむ、ではの」


 部屋へと戻り、思い思いに過ごしていると夕方には吹雪は止んでいたのだが、さすがにこれから出発するわけにもいかず、すでにもう一泊することも告げていたのでその日はそのまま宿の中で過ごすこととなった。

 翌朝、久々の晴天の中で町を出発する、途中何度か野営を挟む必要があるとは言えこの先はサンドラの居る街、ここまで来るだけなのになんだか随分と時間がかかった、とは言えその随分とかかった時間の大半はとろけるような幸せな時間ではあるのだが、もちろん今もじゃと誰に聞かれているわけでも無いのに心の中で呟きながら、一路北の街、フェイルニアへと馬車を走らせるのだった。

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