125手間
魔獣などの襲撃をなるべく減らすために、基本的に町を囲っている壁から森はそれなりの距離があるのだが、良質の香石を作っている町のここはすぐ近くに二重の柵に囲われた林があった。
柵の隙間から見える木々には壺の様なものが幹に括り付けられていたので、あれが香石の香り部分の樹液を採っている木だろう、木々に壺がくっついてるその様はまるでゴムの採取の様だ。
「うーむ、種から蝋を採っておるとなると数はそろえれんのじゃろうか…」
「んー、そんな事は無いわよ。あの人の視察で何度か見たことがあるのだけれど、一度にかなりの数の実がなるし一つの巡りで何度も出来るらしいのよ」
「ほほう、では今はないとか言われんで済みそうじゃの」
「そうね、それに最高級の物なら常にある程度の数は確保してるはずよ」
町に近づき馬車もゆっくりとしたスピードになったので、周りを観察しながら話している内に町の門へと着いたのだが、さすが貴族だ検査なしで町へと入れた。
「さて、今から香石を買いに行くのも何だ、衛兵に頼み宿と店には先触れを出している。まずは宿に行って旅の疲れを癒そうではないか、店へは明日行けば良い」
「それもそうじゃの」
まだ日は高いがまずは腰を落ち着けるというのも悪くはない、先触れを出したという宿へ行けば宿の人達に仰々しく迎えられた。
「ルース様、ようこそいらっしゃいました」
「よいよい、今日は公務で来ているわけではない、そう畏まる必要はないぞ」
「例えそうでも大切なお客様ですので」
「素晴らしい心掛けだ。ところで部屋は大丈夫かな?」
「はい、ご希望どおり四部屋お取りしております。それでお夕食は如何しましょうか」
「そうだな…それは部屋に頼む、貴族が居ては食いづらいだろう」
「かしこまりました」
「君たちもそれでいいかな?」
「ふむ、偶にはそれも良いの」
「俺も問題はないかな」
「ふむ、では皆そのように頼むぞ」
「はっ」
その後、宿の従業員に案内されると何時ぞや泊まった高級宿よりも、一段と上の家具や寝具が揃えられた部屋へと通された。
「ほほう、さすが貴族が泊まる宿は違うのぉ」
ぽふんと寝台に体を投げ出すとマットレスなんてものは無いので体が沈み込むが、これはこれで中々心地が良い。
シーツの下はどんな高級宿だろうが藁の様な植物の茎が一般的なのだが、ここは何か別のものを使っているのか柔らかな感触だった。
「まったく、寝るにはまだ早いですよ?それに一応僕達も貴族ですよ」
「そう言えばそうじゃったのぉ、こうやって旅をしておるとついつい忘れてしまうわい」
そうは言いつつも寝台へと上がり寝転がるカルン、そこそこの広さがあるので二人で寝てもまだ余裕がある。
寝台の上でカルンと話をしてる内にいつの間にか寝てしまっていたようで、部屋に夕飯が運ばれてきたときにカルンが起こしてくれなかったら何時まで寝ていたことか。
「こうやって二人きりで食べるのは何時ぶりかのぉ」
「何だかんだで、いつも誰か一緒に食べてますからねぇ」
「嫌いでは無いんじゃがのぉ。じゃが、偶にはこういうのもやはり良いものじゃな」
「そうですね」
何気に町について宿の部屋くらいでないと二人きりと言うのは意外と難しい、しかも大抵宿の部屋を使うのは日が傾いた後や夕食を食べてからが多い。
日が高い内からの貴重な二人きりの時間を寝てしまったのはかなり勿体無いが、それを取り戻すかのように夕飯を食べた後存分に二人きりの時間を満喫するのだった。




