123手間
翌日は馬の状態を見て出発か否かを判断する予定だったのだが、思いがけず本人?本馬?が行きたいと全身でアピールするので変態を加えて北の街へ向かうことになった。
インディに最初の御者を任せ、馬車の中でアレックスやアイナは普通に話しているのだが、カルンだけは一見普通に振る舞っているが明らかに警戒しているのが分かる。
突然出てきてお宅の奥さんくださいとか言ってる男だ、警戒して当然だろうむしろ警戒しないほうがびっくりする。
「先程の村は樵の村でね、あそこで切り出された木を私の治めている町で木材に加工しているのだよ」
「ふむ?その割にそのような事をしてる素振りも教会も見当たらんかったのじゃが」
「今は十分在庫があるからね、必要が無いのに必要以上に木を切るのはあってはならない事だ。あそこの木は丈夫で木目も美しく、水や寒さにも強いから主に建材に使うのだけれど、最近は雪で家が潰れるという事も無いからね。今はもっぱら彫刻や細工に使っているのだが…家を建てるほど使うわけじゃない、だからあの村が飢えない程度に纏めて切り出して材木として保存しているんだ、丁度いまは切り出し終わって一休みしてる時期だからそういう様子が無かったんだよ。あとあの村にもちゃんと教会はあるよ、とても規模は小さいけどね、樵にとって祈る場所は教会ではなく森の中だから」
「なるほどのぉ…」
流石に町一つを治めているだけあって周辺の地位にも明るく、一を聞いたら十を答えてくれる。
「あなた、ちょっとよろしいですか?」
「どうしたんだ?」
「セルカさんと二人きりでお話したくて」
「ふむ、分かった」
「では、お借りしていきますね。そちらもそちらでお話しててくださいな」
シニュに連れられて馬車の後ろ側へと移動する、それに合わせアイナと男性陣が御者側に詰める。
距離は無いがガタガタと鳴る馬車の音と、シニュが言った通りあちらも話をしていたら、よほど声を張らない限りは内緒話をするには十分だろう。
「まずは…ごめんなさいね」
「んむ?」
「あの人…昔から自分の気に入った子が居ると一直線で…」
「あぁ…まぁ…偉そうな態度じゃが横柄ではないし無理やりと言った感じでもないからのぉ…怒るに怒れんというか…」
「そうなのよねぇ…アレさえ無ければほんと良い貴族なんだけど…」
「流石に本人に聞くわけにもいかなかったのじゃが、あやつは獣人好きなのかえ?」
「ええ、そうね確実にそうだわ。貴族だから取り入ろうとする人が妾や愛人にって色々人を送ってきたんだけど、もちろんそういう目的の娘だからどの娘も私なんか太刀打ち出来ないほどキレイだったり可愛かったりしたんだけど、あの人は興味すら示さなかったのよね。あのときは、私愛されてるって思ってたんだけど今考えるとね…?」
「後悔しとるのかえ?」
「いいえ。妻を増やしても、以前と変わらず愛してくれるもの」
結婚してから男の女癖に苦労するのは、事実でも小説でも良くあること、後悔してるかと聞けば力強く否定された。
「本人が良いのであればワシが言うことなぞ何もないのじゃが、ワシには到底無理そうじゃのぉ」
「あら意外ね?」
「うん?どうしてじゃ?」
「いえ、獣人って一夫多妻が基本って母に聞いていたものだから」
「それは里によって違うんではないのかのぉ」
「それもそうね、まぁ母も何代か前に里から出てきた獣人の子孫だから詳しくは無かったんだけどね」
「それに、カルンに他に女が居るとしったら嫉妬に狂ってしまいそうじゃ」
「ふふふ、気持ちはよく分かるわ」
「しかし、そんな事を態々聞くために離れたのかえ?」
特に聞かれて困るような話ではないし、むしろ変態がワシを諦める一因になりそうな気もしないでもない。
「えぇ、こういう話は女同士だけじゃないとちょっと…恥ずかしいじゃない?」
「あはは、確かにのぉ」
所謂、女子会的なノリで話したいと言うことだろうか。
「それで」
「それで?」
「こういうときの定番といったら馴れ初めでしょ、聞かせてくれないかしら?」
「う…うむ、そうじゃのぉ…」
期待を込めた眼差しに気恥ずかしさを感じつつも、出会いから今までのことを話す。
「いいわねぇ、身分を隠しての恋…すてきだわぁ…」
「皆その手の話が好きじゃのぉ…」
「もちろんよ、私の時は付き合った当初に教えてくれてね、あの人がハンターを引退するときに、これからも一緒に居たいからってプロポーズされたのよ」
「ほほぅ、それも素敵な話じゃのぉ」
「でしょでしょ」
そこからは暫くお互いの旦那自慢が始まり、ちらっと視界の端に映ったカルンとルースが、ぷるぷると細かく震え俯いていた気がするがきっと気のせいだろう。
「それでね、昨日あったときから気になってたんだけども…」
「ん?どうしたのじゃ?」
「尻尾…触らせてくれない?」
「ふむ、その程度お安い御用じゃのじゃ」
向かい合ってた体を捻り尻尾を差し出すと、シニュはワシの背後に回るように移動して尻尾をなで始めた。
「ふわぁあ…これは予想以上だわ、ふわっふわでつやつやで…これを抱いて寝たらさぞや気持ちいいでしょうね。ねぇこれどうやってお手入れしてるの?」
「朝夕のブラッシングと後はこれじゃの」
「香石?それだけ?」
「んむ」
カルンの家に居たときから愛用している、随分と小さくなった香石を取り出してシニュに見せる。
「やっぱり、南のものは香りが全然ちがうわね。手持ちにあるのはこれだけ?」
「いや、まだ使っておらんのが二つほどあるのじゃが」
「そうなの、だったら一つ頂けないかしら?もちろん代わりにこっちの香石をあげるわ!」
「ほほう、ワシもここの香石は気になるのじゃ!」
「それじゃ取引成立ね!あなた!次の町は確か良い香石を作ってるところじゃ無かったかしら?」
「確かに次の町だが最短ルートからは外れるぞ?」
シニュが声を張り、ルースへと声をかけるとよどみ無く答える、名産までしっかり把握してるとは、ますますもって女癖の残念さが際立つ。
「セルカちゃん?」
「んむ、もちろん大丈夫じゃ」
「あなた!御者の人にその町までのルートを教えてあげて」
「あ…あぁ、わかった」
シニュの言外の意味を汲み取り許可を出すと、またもやルースへと声をかければ、ルースはそのまま馬車の前方にあるカーテンを開きその身を御者台へと移動させた。
「確実に手に入るかはわからないから、交換はその時にね?っとこれは返すわね」
「わかったのじゃ」
背後から伸ばされた手から香石を受け取ると、ついでとばかりに尻尾へこすり付けてから腕輪へとしまう。
「それにしても、九本尻尾があるとお手入れ大変でしょう?もっと少なくても大変って聞いたのに…」
「まぁ、確かにの。もっと手間がかかれば何じゃが、実質ブラッシングだけのようなものじゃしの、それに多少手間でも…の?」
「ふふふ、そうね、そうよね」
「それでお願いがあるんだけど、いいかしら?」
「なんじゃ?改まって」
「暫く尻尾さわってていいかしら?」
「ふむ、ではその代わりに話でもしながらでよければの」
「えぇ、お話しましょ!」
結局、日が傾き野営となるまで他の人そっちのけで二人で話などをして盛り上がるのだった。




