122手間
あの後部屋に戻り、変態のことについて説明し今はその変態とともに村の近くの森へと来ている。
ハンターの団体が泊まっていたので、この辺りはあらかた狩りつくされたのではないかと危惧していたのだが、どうやらその殆どは商人の護衛だったようで後の少数が新米の腕試し程度らしく獲物はそれなりに居た。
「はぁ!」
「やぁ!」
掛け声と共に両脇を深々と剣で突き刺されたヒグマのような魔獣は、丁度欠片を砕かれたのかドロドロとその身を崩し、雪に黒いシミを作っていった。
「ふふ、どうだね?中々のものだろう?」
「足手まといにはならなそうじゃのぉ」
「これは中々手厳しい」
キザったらしく髪をかき上げる変態のそばに駆け寄り、タオルでその顔を甲斐甲斐しく拭う奥さん。
二人は剣を主体に使い連携も取れていて、鍛錬を怠っていないと言う言葉も本当のようで動きも鋭かった。
「さて次はそちらの番だが…」
「ふむ…そうじゃのぉ。今のような大きい個体であれば魔法で足止めして剣でトドメ、群れであれば各個で撃破と言ったところじゃの」
「普通だな」
「普通じゃの。というわけで次出てきたやつはワシ一人で倒す」
「なっ、流石にそれは無謀だろう。確かに君は実力も高いだろうが魔獣というのはだね…ほら君たちも何とか」
「いやぁ…」
「んー」
「なんで迷ってるんだい!?君たちの居た南よりもこっちの魔獣は体が大きい、ただえさえそれなのに彼女はこの中で一番小さいんだよ?」
その一番小さいのに秋波を送ってるやつが何をとも思うが、ミシミシと枝やらを踏みしめる音が耳に入る。
「ほれ、お主が騒がしくしておるから寄ってきたぞ」
まだ少し位置は遠いが、それでも巨大なのはよく分かる、周りの木との対比から見て大体ホッキョクグマくらいの大きさだろうか…その体はホッキョクグマとは真逆の真っ黒に染まってはいるが…。
「ふむ…魔獣のようじゃの」
「あの大きさは、この辺りでは中々お目にかかれないよ。魔法で牽制しつつ一気にかかろう」
「要らぬ。言うたであろう?次に出てきたやつはワシが一人で倒す…と」
「いや…だからね?」
二等級とは言えワシの力を知らない者からすれば、この反応は当然だろう。
まったくその常識人っぷりを、恋愛などそっちでも持っていてほしいものだ。
「ワシを見くびるでないぞ!」
右手を魔手に変え一気に熊へと走り出す、間に木々があるため一足で間合いは詰められない、最低限の動きで木々を避けながら間合いまで疾走する。
木々のお蔭で雪が少ないとは言え沈み込む足のせいで思うように速度を稼げない、それでも一瞬でと言っていいほどの速度で彼我の距離を縮めると流石は野生動物、此方が腕を振りかぶるよりも早く腕を叩きつけてくる。
文字通りのベアハッグを熊の頭上を飛び越える形でするりと避けると、ワシを見失った熊の背後で思いっきり腕を振り上げ。
「貴様の様な強引なやつはこうじゃ!」
熊の巨体へと思いっきり爪を抉りこませる、腐った肉を切り裂く感触のなか何か硬質なものを砕く感覚を覚えると、熊の体が崩れ腕を振った勢い其のままに黒い水があたりに撒き散らされる。
その惨状はところどころ土が見える程度の積雪のそこへ、まるでまだら模様の半紙へとバケツで墨汁をばら撒いたかのようだ。
他に居ないかと耳と目をこらせるが、今の衝撃で木々が揺れ雪が落ちる音と、それに驚いた鳥が羽ばたく音以外はシンとしている。
追加は無いと判断すると止めていた息を吐き出し、右手を元に戻して皆の下へと戻る。
「どうじゃ見たじゃろう?これがワシの実力じゃ」
流石は変態色ボケハーレムキザ貴族といった所か、辛うじて目を見開く程度で済んでいるようだ。
「す…すごいですね…」
「そうじゃろうそうじゃろう」
意外な事に先に口を開いたのは奥さんの方だった、素直な賞賛の声に気を良くするがふとある事実に気付く。
「そう言えば、おぬしの名前を聞いておらんかったの」
「あ、私としたことがすっかり忘れてました。では改めまして私はシニュと言います」
「ワシはセルカじゃ」
「はい。存じております」
むふーと鼻息荒く自己紹介を終えた辺りで、目を見開いてた変態は今度はぶつぶつと何事か呟きながら、顎に手を当て固まってしまった。
「ほらほら、あなたこんな所で考え事は危険ですよ。帰ってからにしましょう?」
「あ、あぁすまないシニュ」
「さて、まだ日もある事じゃし暫く周りを見回るかの」
元々お互いの実力を確認するだけの狩りだったのだが、村を出る際に狩りに行くと門番に言うと大層喜ばれてしまったのだ。
なんでもハンターの団体はその殆どが商人の護衛だったせいで、狩りをすることもなく出発してしまったし、残ったのも新米だけだったので周りの魔獣が減らないと嘆いていたところだったそうだ。
なのでどうせ一日は確実に居るのだしと、ついでにしっかりと狩りをすることにしたのだ。
その後は少し体格の大きい狼の魔獣の群れをカルン達だけで仕留め、全員の実力を確認した後、村の周囲の森を周ったのだが無害な野生動物に会うばかりで、特に魔獣などにそれ以上遭うこと無くその日の狩りを終えるのだった。
「まさかでかいのを仕留めてくれるとは思わなかったよ、ありがとう。これで肉を狩りに行ける」
「それは良かったのじゃ」
どうやらワシとシニュ達が倒した熊は少し前からこの辺りに現れ、そのせいで猟師がロクに狩りに行けなかったみたいだ。
「さて、明日は馬の調子を見てまた狩りか出発するかと思うのじゃが、お主らはどうやって移動するのじゃ?」
「あぁ、私たちは君の馬車にご一緒させてもらうよ」
「いや、ここに来た馬車があるはずじゃろう…?」
「ははは、アレは屋敷のものでね私個人のものではないから帰してしまったよ。なのでこれは私の護衛という形ですでにギルドにも依頼として提出してあるし、君はそれを受諾しているとも報告してある」
「あ、あくどい…その悪どさをなぜ自分の馬車を使うとかに向けぬのじゃ…」
「いやいや、事後承諾というわけではないぞ?建前というだけであって私達の護衛をする必要は無いし、馬車に同乗させてもらえればそれでいい。もちろんちゃんとした依頼なのでギルドに報告すれば報酬も貰える。そして当然だが費用は私の個人資産から出している」
「はぁ…まぁよい…幸い空きはあるしの、けどお主らの分のテントなぞはないし、野営の見張りもしてもらうからの?」
「もちろん、そのあたりも抜かりはない。それに私たちは元ハンターだ見張りも問題はないよ」
「それならば…。カルン達はそれでええかの?」
「僕は…うーん、セルカさんが納得してるなら」
「僕はいいよー、人が増えて楽しそう!」
「俺も別に?人が増えりゃ見張りも楽になるってもんだ」
「俺もだな」
「という訳じゃよろしくの」
そう言って右手を差し出すと、変態も右手を差し出してきたのを華麗にスルーしシニュと握手する。
「え…えぇっと…?」
「言い寄る男の扱いなぞこんなもんで十分じゃ」
「あ…あはは?」
困惑しているシニュに微笑みかけ、釣られて笑うシニュとそのまま暫く握手するのだった。




