119手間
曇天の下、ちらちらを降り出した雪の中を森と森に挟まれた道を北へと進む。
あの色ボケ優男の居た町からサンドラの居る街までは幾つかのルートがあるのだが、今ワシらが通ってる道は最短ルートになっている。
ただしその代わり最も危険だが…と言うのも小規模の森が点在しているその合間をジグザグに縫うように通る必要があるからだ。
森から近いしかも複数となると、それだけ魔獣と出会う可能性が高くなり、最悪魔物に襲われる可能性だってある。
なぜそんな危険なルートを選んでいるかというのは、さっさとあの色ボケから逃げたかったのもあるが、一番は最も近い宿泊が可能な村があるからだ。
全部、宿の人に聞いた話なので、もし仮に追手がかかるのであれば迷うこと無く来るだろうが…。
それでも色ボケ本人が来ることは無いだろう、さすがに襲われる危険性が高い場所へ、その町の偉い人を連れてくるわけが無いはずだ…たぶん…。
「逃げちまって良かったのか?」
「ぶん殴るわけにもいかぬし、逃げる他なかろう…」
お昼を挟み、今は馬車の手綱をジョーンズに渡し中で詳しい経緯を話したところだった。
「しっかし、本人がセルカを見て幼いとか言っておきながら、それでも妻にしてやろうとか見境なしかよ…」
「連れておった奴だけでも五人おったしそれで満足しておれと思うんじゃがのぉ…」
「まったく僕達女性をどう思ってるんだが」
「まったくじゃ…」
一夫多妻が容認されてるとはいえ、やはり思うところがあるのだろうアイナがぷりぷりと可愛らしく憤慨している。
「けど、僕たちはすぐに宿に泊まりに行きましたし、噂になるようなことはしてないのにどうしてすぐにそいつが来たんでしょうか?」
「んー、もしかしたら衛兵がグル、というかそういう命令を受けておったのかもしれんのぉ」
「どういうことだ?」
カルンの最もな疑問に答えると、アレックスがさらに疑問を投げかけてきたので、町に入ったときの衛兵の様子を話した。
「なるほど…どういう基準かはわからねーが色ボケ当主の好みの女が通ったら連絡しろとかそういったところ…か?」
「じゃろうな、連れておった者は皆獣人じゃったし、獣人の女性が好みなんかのぉ…」
「あ、そうか…」
「ん?どうしたんじゃカルン」
「いえ、宿の食堂で席を確保しようとしたときの周りの人の反応は、そういうことだったんじゃ無いのかなぁと」
「あぁ、なるほどのぉ」
つまり、貴族に目をつけられただろうに、かわいそうだが関わらないでおこうとそういった所か。
「ま、宿の人に聞いた道じゃからすでにバレておるじゃろうが、ハンターで無いものには危険なルートじゃ、そんな所に流石に当主を連れてくることは無かろうて」
「そりゃそうだろうが、雇われたもんが来たらどうするんだ?」
「あのアホは言葉が通じんかったが、ワシには夫が居ると言えば流石に引くじゃろう。不義を強要するのは重罪じゃしの、それがお互い貴族ともなれば尚さらじゃ」
「ん?お互い貴族?」
「ん?そういえばアイナには言っておらんかったな、カルンは貴族じゃぞ。そのついでに嫁いだワシも貴族になったというわけじゃ」
「えぇ!マジで!?!」
「んむ、マジじゃぞ」
「ど、どうしよう。お、怒られない?」
伝えておらんかったかな?と思い伝えると、逆にこっちが驚くほどのリアクションを見せてくれた。
「いや、何をじゃ?」
「えーっと、その態度とか、ね?」
「ワシやカルンもその程度では怒らぬよ。中には怒るものもおるじゃろうが、そんな輩は見たらすぐ分かるはずじゃ…多分の」
いつぞや見た豚貴族は確実に怒るだろうと思い出し、ふとそう言えば今回の色ボケ貴族と豚貴族、態度は違えど言ってることは全く一緒だなぁと思う。
それでも豚の時ほど腹が立たないのは、偉そうとは言え一応紳士的な態度で豚と違い顔の整った人だったからだろうか…やはりイケメンは許されやすいのか。
「まぁ、カルンの方が圧倒的に上じゃがの」
「僕がどうかしました?」
「はっ!口に出ておったか?!どこからじゃ?!」
「カルンの方が、あたりからですかね」
「そ、そうか、うむ、いや、うむ、なんでもないのじゃ」
「どうせ、色目を使ってきた貴族とカルンを比べてたんだろ」
「ぐ、ぐぬぬ」
しろどもどろになっているワシを久々にニヤニヤとした顔で見るアレックスは、呆れたような声音で肩をすくめる。
「ふーん、そうじゃ、そうじゃよ。カルンより上のものなど居るはずもないがの。まぁ、それでも…あやつは好みの女が居ったら即アプローチをする度胸も含めお主より上じゃろうがの!!」
「なっ!」
開き直って惚気けると今度はビシッとアレックスに指を向け、色ボケ貴族のほうが上だと突き付ける。
「べっつに、好きで独り身なんだしー」
「その歳までか?」
「くっ俺はまだ見た目通りの年齢だしいいんだよ」
「あははっ、暫くダメそうだったら僕がもらってあげようかー?」
「はぁぁああ?何言ってんだアイナ、それにどっちかっていうとそれは男のセリフだろ!」
「んーとね、にぃが言ってたんだよ、こう言ったら女の子は喜ぶって」
「やっぱり男のセリフじゃねーか」
「アイナよ考え直すのじゃ。世の中コレなんかよりいい男の方が多いのじゃ!そ、そうじゃセイルお兄様を紹介しようかの?」
「確かにセイル兄さんは独身だけど…」
「いや、コレってなんだよコレってよ!確かに顔はまぁ…人並みだがよ」
アイナの思いもよらない言葉に慌てて考え直す様に促す、自分の言葉で落ち込むアレックスを慰めるかのようにインディーが肩を叩く。
「なに元気出せよみたいに肩を叩いておるのじゃ、伴侶がおらんのはお主も一緒じゃろう」
ワシの言葉にインディーも肩を落とす、そんな様子を見て笑い転げるアイナ、賑やかに走る馬車を見守るように曇天の切れ間から二つの星が覗いているのだった。




