118手間
部屋で待っていた優男は獣人の女性、しかも須く美女を侍らせワシに不躾な視線を向けてきた。
侍らせている美女は、科を作って優男の脚や腰、首などにまとわりついている。
これでベリーダンスみたいな恰好をしていたらどこの古代の王様だよとツッコミたいところだが、幸いというのか生憎と言うのか寒い地方故にそこまで露出は高くは無かった。
その代わりと言っては何だが、キッチリと着こんでいる割には体形がよくわかる様なピッチリとした服を着ている。
「いつまでも突っ立っていないでそこに座るがいい」
何とも頭の悪い光景に唖然としていると、しびれを切らしたのか優男が着席を促してくる、口調は偉そうな上に組んだ足で示すような動きに若干苛立たしく感じるが…。
「はぁ…しておぬしは何用じゃ。依頼であればギルドを通してもらわねば困るぞ」
「おぬしが」とは言わない、朝っぱらから呼び出され、気持ち悪い視線を投げかけられた上にこの態度、口調も若干刺々しくなる。
ボスンと座った一人掛けソファーの位置には丁度朝日が差し込み少し暖かい、その心地よさで幾分か心に余裕ができた。
「ほう、朝日に照らし出され新雪の様な肌と髪が輝いて何とも…。けれど少し幼いせいでせいぜい及第点といった所か」
「どうやら用は済んだ様じゃな、ワシは早う出立したいのじゃ、これで失礼する」
感嘆したかのような声音に内心、そうじゃろうとドヤ顔をしていたが、急に呆れた口調になり落としてきたので流石にカチンと来たので有無を言わさぬ口調でそう伝え席を立つ。
「まぁ、待ちたまえ、君は出立する必要は無いよ」
「どういうことじゃ?」
背を向けて部屋を出ようとしたワシにかけられたその言葉に、思わず振り向いてしまう。
「今日から君は私の妻になるのだからね」
「はぁ?」
優男の口から飛び出た言葉に、思わず雑巾でも捻るかのように裏返った声が出てしまう。
「ふふふ、驚いているようだね」
「当然じゃ、何を馬鹿な事を…とな、そこらに侍らせとるもんを娶れば良かろう」
「彼女たちは皆、私の妻たちだよ。この中に君も加えてあげようと言うのだよ。少々幼いが…成長すればさぞや美しくなるだろう」
「さぞや美しくと言うのは正解じゃが、おぬしの妻なぞにはならんぞ。色ぼけておるのであれば色町にでも行け」
一夫多妻制が違法という訳ではないむしろ合法だ、とは言え際限なくハーレムを作れるわけではなく、一人一人を養える財力と家があり、皆を平等に扱えるものだけに許可が下りる。
さらに、未亡人や孤児を娶る事は善行とされ、称賛される行為だと言う、もちろん善行ではあるのだが色を好むとは言われる事になる…。
貴族のほとんどは二人ないし三人の妻が居るのは当たり前、むしろ一夫一妻を貫いているお父様が珍しい方なのだ。
つまり、脚に一人、腰に一人、首に一人、後ろに待機している二人で計五人を妻と言い張っている此奴はどこぞの貴族の馬鹿息子といった所か…。
「許し難い態度であるが…その様子では知らぬのだろう、妻となる事で特別に許す」
「許してもらわんで結構じゃ」
「私の事を知ってもその態度を貫けるかな?」
「はぁ…大方おれはきぞくだぞーなんて言うんじゃろ」
おちょくる様な口調で言えば、優男は足を組み換えこちらを鋭く睨む、脚にくっ付いてた妻その一はそのせいで脚から引っぺがされ、今度は膝に腕を乗せそこに頭を乗せてこちらを眺めている。
結構失礼な…というか完全に喧嘩を売っているのだが妻たちとやらは、怒る事も顔をゆがませることも無く、微笑を浮かべてこちらを見ているのが実に不気味だ。
「ほう…気づいていてその態度か、私の名はルースだ、流石に聞いたことはあるだろう」
「知らんな、ふふっ…貴族のなりそこないでは無かろうな?」
なりそこないとは言え、十分一夫多妻をするに足る財力はある、それを貴族だと言っているのであればお笑い種だと、思わず笑いがこぼれてしまう。
「あんな奴らと一緒にするな、私は正真正銘の貴族、しかし、気の強い女は好みだ気に入ったぞ」
「おぬしに気に入られるとは、実に気味が悪い事じゃの」
「まだほざくか、良いのか?私の妻となれば庶民が出来ぬような贅沢が出来るぞ、もちろん庶民を苦しめてせしめた金ではない、大手を振って自慢できるぞ」
「それはご立派な事じゃな、けれども生憎贅沢には不自由しておらんでな」
態々プライドの塊のような男が言うのだから本当なのだろう、確かにそこだけは褒めるものなのだろう。
そしてハンターと言うのは明日をも知れぬ身、何不自由ない生活というのは普通であればとても魅力的な事なのだろう。
「確かに二等級のハンターであるのならそれなりの財力はあるのだろう、しかし貴族を侮ってもらっては困る。さらに上の贅沢と言うのを味合わせてやろうではないか」
「はぁ…断る、何よりワシは既に夫がいる身じゃからの」
「なんだと…ふむ、まあ良いその元夫とやらには手切れ金をやろう、もちろんそいつが見たことも無い程のな…」
「断る、それともなにか?おぬしは領主とでも言うのか?」
「何を突然、私は領主様ではないがそれを支える貴族の一人、そして当主だ」
正直カルンをだしには使いたくなかったのだが…ここまでしつこいのであれば仕方あるまい。
「領主やその縁者で無いのなら話にならんの」
「は?どういうことだ?」
「ワシはカカルニアが領主、カカルスの息子カルンの嫁じゃ!」
ここに来て初めて慌てた様子の優男に気をよくして、まるで時代劇の締めの様に大仰な台詞回しで腰に手を当てドヤ顔でふんぞり返る。
「南の…だと…いや…しかし…」
顎に手を当て考え事をしだした優男を心配してなのか、妻ーズが優男を覗き込みこちらに注意を払ってないのをこれ幸いと抜き足差し足で部屋を後にする。
カルン達には悪いがさっさと出発してしまう方がいいだろう、当主と言っていたし下手にこの町から動けないはず。
「あ、セルカさんどこ行ってたんですか食堂にもいなかったみたいですし、アレックスさん達はもう食堂で待ってますよ」
「おぉぉ…カルンやー」
「ととっ…本当にどうしたんですか」
部屋に戻り、心配してくれていたカルンに抱き着いて頭を撫でてもらう。
「もっと撫でてもらいたいのじゃがそうもいかぬ、皆食堂におるのであれば好都合さっさと出発するのじゃ」
「えっと、急にどうしてまた」
「変な輩に目を付けられてしもうての、これがまた厄介な奴じゃてさっさと逃げたいのじゃ」
「けど、それでは追っかけてくるんじゃ…」
「それは行きながら説明するでの」
経緯を話しながら食堂へ行き、飯が飯がとぐずるアレックスを引きずって馬車へと押し込み、パシンと小気味良い音を響かせて馬車を走らせる。
町の北門から出てさらに北を目指す、気分的には領主のいる街へと一直線に向かいたいが、流石にまだ距離がある。
まずは一日程の距離にある町に行く、昨日の内に宿の人に聞いておいて正解だった…幌のせいで後ろは見えないが、飛ばしている為ぐんぐんと町は小さくなっていることだろう。
きっとこれで追いかけては来ないはず…あの町には二度と近づかないと心に決め、すこし速度を緩めながら何とも言えないワシの心模様を表すかのように曇り始めた空を眺めるのだった…。




