116手間
翌朝は昨日の荒天が嘘のような青空だった、北の領地では窓から水を捨てることが禁止されているので、宿の部屋が表通りに面していることも少なくない。
お蔭で白く雪化粧を施した町が宿の三階に泊まっていたこともあり一望できた。雪が朝日を反射してキラキラしているのが印象深い。以前来たときはずっと曇天だったような気がするので、尚さらだ。
「うーむ、これは絶景じゃの、風がちと強いが。天気が崩れる前に出たほうが良さそうじゃな」
「カルンやー、ワシはちと雪の様子を見てくるからの、さきに食堂へ行っておいておくれ」
「んー」
少し心配な返事を寝台からするが、来てなかったら起こせばいいかと部屋を出て玄関へと向かう。一階へと向かうとすでに食堂はガヤガヤと賑やかだった。
食堂の奥にあるカウンターの横から伸びる宿部分へと続く階段、そこから見下ろすと剣を佩いたままの人やいかにもと言った感じの帽子とローブを着込んだ人。そういった格好自体は南でもよく見るのだが、この宿には特段と良く似合う。
まさにファンタジーの宿屋と言った感じなのだ。以前はそれほど違和感を感じなかったのだが、今回は長く南に居た後なのでよく分かる。北は何と言えば良いのか……すごくファンタジー色が強い。
南の印象はどちらかと言えば現実的だった。もちろん魔具などのファンタジーな道具もあったが、ただ単にそのあたりの技術が発展しているとも言える感じだった。
「ふむ…まぁ、文化の違いと言ったところかの…」
暫く階下を眺めていたが、目的を思い出して階段を降りる。風除室を挟んだ二つの扉を抜け、外に出ると冷気が肌を刺す。
「しもうた、上着を忘れておったわ」
慌てて風防室へと戻り、マントを取り出して羽織り再度外へ出る。
階段をさくさくと雪を踏みながら降り、恐る恐る雪を踏むと足首より少し上程度まで埋まる。
「これなら大丈夫かの…」
足を引き抜き、そそくさと風防室へ戻り風で舞い上がり身体に付いた雪を落とすと、宿の中へと入り食堂を見渡す。が、まだ誰も来てないようだった。
一度戻ろうかと階段を見ると丁度みんなが揃って来ていたので、手を振ってから席を確保することにした。
「昨日すごい雪だったが、雪がなくなるまで待つか?」
「今見てきたのじゃが、足首程度じゃったから出発したほうが良かろう。この晴天がいつまで続くか分からんしの」
「晴れは続かないもんなのか?」
「こちらではそうじゃの、曇天の方が多いはずじゃ。でなければ殆ど雪に覆われる事なぞ無いはずじゃしの」
「変な場所だな」
「こっちのもんにすれば、南も逆の意味で変な場所じゃが。さて、食い終わったのであれば、崩れる前にさっさと出るとしようかの」
「崩れるって何がだよ」
「天気じゃよ天気」
「天気は崩れねーだろう」
「比喩じゃ比喩、雨や雪が降るまえにという事じゃ」
「あー、それもそうだな。あんな雪の中の御者とかごめんだ」
出立する前に、昨日いろいろおまけしてくれた女将さんに礼をと思ったが、非番なのかこの時間帯に入ってないのか居なかったので、受付の人に言付けを頼み宿を出る。
当然といえば当然だが、カルン達は足首までもある雪に非常に歩き辛そうだった、この先も同じような場所ばかりなのでこればっかりは早く慣れてもらうほかない。
何とか馬車へとたどり着いて乗り込み、アレックスを御者にして馬車を走らせる。
「まずは北に向かっておくれ、暫く道沿いに行けばまた分岐の柱があるはずじゃ、そこを左にの」
「それはいいが、この雪で道なんかわかるのか?」
「それは大丈夫じゃろう、昨日までの雪との間で高さに差があるはずじゃ」
「そうか」
町の北にある門を抜けると、まだ誰も出入りしてないのか轍一つ無い雪道であったが、予想通り凹の字状になっているので道がわからなくなるということは無さそうだ。
「それで、次の町まではどの位かかるんだ?」
「そうじゃの…次の町までは二日ほどかの、右に行けば半日ほどであるのじゃが…」
「なんでそっちじゃないんだ?」
「前に来たときにそっちの方に行ったんじゃがの…」
「じゃあそっちがいいんじゃないか?」
「いや、右の町は宿が無いんじゃ、前は行商の護衛じゃったから民家を貸してもらえたのじゃが、今回はそうもいかんじゃろ」
「それでは、左の町はどうなんですか?」
「ふむ、左の方の町…の」
アレックスと話していると、後ろからカルンに話しかけられたので振り向いて話す。
「ワシも寄ったことは無いのじゃが、宿の人の話によればさっきの町より規模は大きいそうじゃ」
「そんな大きな町なのに、寄らなかったんですか?」
「んむ、行商の護衛と言ったのじゃが、商店やらがあまりない村落を周る奴でのそれで行かなかったんじゃよ」
「そうだったんですか」
「うむ、こんなところじゃろ?なるべく早く抜けたくての、大きい町を周るようなやつは、比較的天気の良い日に動くのが多くての。その時は丁度、荒天続きでのぉ…それでも出るのは小さい町に行くようなものしかおらんかったんじゃよ」
「小さい町に行く方も、荒天では出ないような気がしますけど」
「うーむ、それは聞いておらんから知らんのじゃが…こんな環境じゃ、小さな村では物資が不足するというのはそれだけ危険じゃからではないかのぉ」
「なるほど…」
その後も、運良く好天に恵まれ足を進めることが出来た。この調子であれば明日中には次の町に着けるかもしれない、そう思いつつまだ見ぬ町へ思いを馳せるのだった。
そろそろトラブルに巻き込まなきゃ…。




