114手間
アレックスらの防寒着を受け取った翌日、朝からしんしんと降り積もる雪の中、馬車は北へと向かう。
吐く息は白く、頬に触れる風は刺すかのようだ。アレックスらおっさん達は防寒着をしっかりと着込み身を縮め、カルンとアイナは白い息に興味津々のようだった。
ここまでの道中何度か襲われたが、防寒着を着込んだ戦闘に慣れる為にしっかりと利用させてもらい、つい今しがたも倒し終えて再度馬車を走り出させたところだ。
「どうじゃ?それを着込んでの戦いには慣れたかの?」
「うーん、どうだろうな……。やっぱ普段より重いし動き辛いし結構きついわ」
「そこは我慢してもらうほか無いのぉ。寒さと言うのは魔物より厄介じゃからの、いつの間にか動けんようなっていつの間にやら死ぬんじゃ、恐ろしや恐ろしや」
「ったく、そんな所に住むやつの気がしれないな」
「昔から住んでおるから寒さにも慣れておるじゃろうし、先祖代々の土地というのは離れ難いんじゃろうのぉ…」
「そっから離れたお前が言ってもなぁ…」
「くっくっく、たしかにそうじゃの」
そんな折、馬車の外から「おーい」と呼びかけるような声が聞こえる。
現在馬車の幌の前後の入り口には、雪と冷気が吹き込むことを防ぐための毛皮のカーテンを新たに取り付けていて、さらに外は雪だからか一緒に中に居るアレックス達には聞こえてないようだった。
馬車の前方から聞こえるので前の方、御者台側から中に雪やらが入らないように首だけ出して外を伺うと、それほど遠くない前方から荷馬車とそれを囲む四人ほどの馬に乗った人が見える。
どうやら声を発していたのは先頭を進んでいる男の様だ、今も声をあげ左手で手を振っている。 あれは、ハンター間では止まって情報交換しないかの合図。決まって左手なのは、腕輪を見せてハンターだと証明するため。
当然、四以下は腕輪はワシみたいに自前で用意できる様な者以外は持ってないし、盗賊の類も持ってないので殆ど意味がない行為ではあるが…。
「どうするよ…」
「ふむ、盗賊の類であれば荷が狙いじゃ、突然火を放たれることは無かろうよ。止まって良いんじゃないかの」
御者をしていたジョーンズが耳打ちしてくるのにそう答えると、ジョーンズも左手を降って相手に応える。
ジョーンズやアレックス達はワシより長く護衛の経験があるし、わざわざ聞くようなことかと思ったが、なるほど防寒具を着込みさらに手袋をしてるため腕輪が見えなくて警戒したのか。
暫く歩き、お互いの馬が平行に並んだ頃、ブルルッと馬が小さく嘶き馬車が止まる。
「よぉ、調子はどうだ?」
「まぁまぁって所だな」
外からそんな会話が聞こえる中、ワシはすでに首を引っ込め馬車の中へと戻っていた。
「相手が盗賊かもしれんからちと警戒しておれ」
小声で囁くとみな無言で首肯する、それを確認すると後ろにまわり隙間をほんの少しだけ開け、耳をピクピクと動かしながら囲まれていないか確認するが、幸いな事にそんなことにはなっていようだ。
「アレックスや、後ろの方の警戒を頼むのじゃ」
「あぁ」
仮に盗賊じゃなかったとしても止まっているのだ、獣などが襲ってくるかもしれない。警戒をしておいて損はない。
「この先で何度か魔獣に襲われたが全部倒した。足の速い奴らばっかり集まってたから、他に居る可能性はでかいな」
「そうか…助かる、ところで雪はどうだ?」
「え?あーえーっと」
前方で聞き耳を立てていると、途中まで普通に会話していたジョーンズが言葉に詰まる。ここまで何もアクション無しなら相手は盗賊では無いだろう。それに、雪をどうだと聞かれて今まで雪を見たことのないジョーンズが答えられる訳がない。
「すまんの、ワシらは南から来たのじゃ」
「なるほど…通りで幌が高いわけだ」
「よっぽどの吹雪で無ければ大丈夫じゃろうて、それはそうとこの先の雪じゃが、今朝から降った新雪じゃから踏みしめられてもおらぬし、崩れてもおらんぞ。そっち側はどうじゃ?」
「なるほど、ありがとう。こっち側は分岐の柱からすこし進んだ先から膝辺りまで積もってる。左の道は往来が少ないから道がわからなくなってる上に車輪だと埋もれるから止めた方がいい、右は街に行くならそれなりに遠回りになってしまうが町が近いし往来が多いから道も判る、その代わり踏みしめられているから気をつけるんだ、それと今晩から雪が強くなるかもしれない、少し無理をしてでも町まで行った方が良いと思うよ」
「ふむ、なるほど助かるのじゃ」
「いいってことさ、それじゃ気をつけてくれ」
「おぬしらもな」
男が声をかけ隊列が動き出す、それを見送って恐らくさっきの話をあまり理解できてないであろうジョーンズと話す。
「この先の分岐路にの、立て看板じゃと埋もれてしまうから代わりに柱が刺してあるから、そこを右に頼むのじゃ」
「それはまぁ、何となくわかったが、なんで踏みしめられてたら気をつけなきゃいけないんだ?」
「ふむ…雪は踏みしめられるとの氷になって滑りやすくなるんじゃ。氷は透明じゃから分かり辛い、じゃから気をつけろと言うことじゃの」
「なるほど…ゆっくり行けばいいか?」
「そうじゃの…しかし、やつの話じゃと雪が強くなると言っておったし、暗くなっても野営はせずに町まで行った方が良さそうじゃな」
「わかった」
パシンという手綱を振った音とともに、馬車が再び動き出すと首を引っ込める。
「ふぅ、やはり外は寒いのぉ…」
「おつかれさん、ところで前から思ってたんだが耳、寒くないか?俺なんか耳あてがないと千切れそうなんだが」
「ふっふっふ、お主らヒューマンの耳と違うて、ワシの耳はもっふもふじゃからの寒くなぞ無いのじゃ!」
ドヤッと腰に手を当て耳をピコピコと動かすと、アイナがキラキラとした目で耳を見つめている。
「どうじゃ?触って見るかえ?」
「いいの?」
「うむ、付け根以外じゃったら構わぬのじゃ」
「やった、それじゃ触るね」とアイナが言うが早いが耳へと手が伸びてくる。
「おぉおお」
毛並みを確かめるかの様にゆっくりと触っていたが、アイナは唐突に手を引っ込める。
「もうよいのかえ?」
「う、うん。これ以上、触ってるとずっと触ってたくなっちゃうしね…?」
アイナは、そう言いながらも名残惜しそうにチラチラとワシの耳と、別の場所へ交互に目線をやっている。
その目線の先を追うと、羨ましそうな顔をしているカルンがいた。
「ふふふ、何じゃ、カルンなら許可なぞ取らずとも何時でも触り放題じゃぞ…っと」
そう言ってカルンの足の間へと座る、ワシを抱え込むようなこの格好は前まではかなり無理をしていた感じがあったが、大分と成長した今では、丁度頭がカルンの胸板あたりに置けて実に収まりがいい。
「それじゃ…」
それから、すれ違った男が無理をしてでもと言ってた割には意外と近かった町に着くまでの間、カルンに耳を触られ続けたのだった。




