113手間
部屋の寒さで目が覚める。火を点けたまま寝てしまうなど、不用心な事をしてしまった…。
ストーブはすでに冷えきり種火すら残っていない。再度ストーブに火を入れようかと思ったが、どうせすぐ出ることになるからとそのままにしておく。
閉められた窓を開けば部屋の空気よりも一段と寒い空気が流れ込み、ブルリと身を震わす。
「ふぅ…雪は降っておらんのに寒いのぉ…」
今すぐ窓を閉めてストーブを使いたくなるが、換気は大事だと思い直し、窓にぐるりと背を向け桶にお湯を張り顔を洗う。
「カルンやー、湯が冷めぬうちに起きるのじゃー」
「んんー、あ、おはよう」
「んむ、おはようなのじゃ。それよりほれほれ、この辺りは湯が冷めるのも早い、早う顔を洗ってしまうのじゃ」
カルンの体を揺すり、ややあってから挨拶を交わすとごそごそと起きだす。
顔をパチャパチャとお湯で洗うと、口には出してないがやはり寒かったのかほっと一息ついているようだった。
カルンが顔を洗い終わるのを見計らい、タオルを持ってその顔を拭いてあげる。
「いつもありがと」
「ふふふ、なんのなんのこの位、むしろ役得じゃよ」
アレックスをして胸焼けがすると言わしめる、毎朝のイチャイチャを終えると、冷めた桶の水を下に誰も居ないことを確認し窓の外へ捨ててから窓を閉める。
「さて朝を食べに行くかのぉ」
「そうですね、僕もお腹が空きましたし」
食堂へ向かう途中、アレックスらの部屋によるが返事はない。
「ふむ、先に食堂に行っておるようじゃの」
「今朝も寒かったですからね、先に行ったのかも」
「じゃの」
アレックスは先に食堂に行く場合、だいたい声をかけてから行く。それが今回無かった理由…それは察しはつく。
食堂へつくとそれを待っていたかのようにバチンという音とともに、食堂の中央で火が跳ねるのが見える。その脇には両手を炎に伸ばしている見慣れた三人組の姿があった。
「やはりおったの。おーいアレックスや」
「おぉ、セルカ遅かったな……昨晩は寒くて辛かったがお前は大丈夫だったか?」
「ん?火は起こしておったし大丈夫じゃったぞ?」
「いやいや、それは暖かいかもしれんが部屋の中で火は危ないだろ」
「無論ストーブを使っておったのじゃが…?」
「ストーブぅ?んんー確かに小さい窯みたいなのはあったが…飯もつくらねーし薪も勿体無いし使わなかった」
両手を伸ばしたままの格好で首をひねるアレックスのその言い様に、思わず頭を抱える。
「確かにあれで煮炊きもするが、あれは部屋を暖めるのが目的のもんじゃよ。それとストーブ用の薪は宿が売っておる」
「あぁ、なんで薪がどうのこうの言ってたのかわからなかったがそういうことか」
納得したとばかりにアレックスばかりかジョーンズ、インディの二人も手を叩く。
「薪なんて出るとき少し買い足して、後は道中手に入れればいいやとか思ってたぜ」
「あぁ、それじゃがの。ここからは薪をしっかり買い込んでからでる事にするのじゃ?」
「なんでだ?確かに質の良い枯れ木や枝はなかなか無いが、そこらで拾えば良いだろう?」
「ここらは雪に覆われることが多いのじゃ、さらに北の街に近づけば常にと言っていいほど覆われておる。そんな中探すのは困難じゃし何より湿って使い物にならん」
「そうなのか…」
南では、野営の時の火は獣避けや調理の為だけだ。まず暖を取るために火を熾すという発想がないし、無ければそれはそれで大した問題は無かった。
だがここでは火が熾せないというのは大問題、いくら宝珠持ちが丈夫だと言っても限度がある、氷点下の中で火がないというのは致命的だ。
「寒さを舐めん方がよいぞ、最悪死ぬからの」
「マジかよ」
「マジじゃ…死ぬとまでは行かずとも手足が腐り落ちる病にかかる場合があるからの」
「何だよそれ…ていうか病なら寒さ関係ないんじゃないか?」
「厳密に言えば病ではないのじゃが…寒さ故になる病と思っておっても良いからの、手足は細いゆえよく冷える故、しっかり防寒しておかねば危険なのじゃ」
「ん?てことは防寒着とやらを無しでここまで過ごさせようとしてたのは、かなりやばかったって事じゃねーか!」
「いや、ここはまだぬくい…この程度では罹らぬよ、流石にそのような事になる場所ではやらぬ。おぬしらがあまりに寒さを舐めておるようじゃったからの、灸を据えてやったと言うわけじゃ…冷たい灸じゃがの!」
「む…ぐぅ…」
「あ、セルカちゃんも来たんだ。席こっちにとったんだよー、早くご飯食べようよ」
「おぉ、そうじゃったの、朝食を食いに来たんじゃった」
アレックスと話していると、どこからか現れたアイナに手を引かれ移動する。
食堂の中央、薪が組まれ火が轟々と燃え盛る囲炉裏状の場所から少し離れたテーブルにあるイスへアイナが座る。
「さすがに火の近くは無理だったよ、だけど流石に近くは熱いしここくらいが丁度いいよね」
「そうじゃのぉ」
それなりに広い食堂全体を暖めるためか、子供の背丈ほどは優にある炎が踊っているのだ、一番近いテーブルでもそこそこ距離が離れている。さすがにもっと近くというのは熱すぎるだろう。
「で、今日はどうするんだ?防寒着を買いに行く以外には?」
「そうじゃのー、防寒着がどれほどで出来るかわからぬがそれを聞いてからじゃのぉ…あとはギルドでここから先の雪の状況でも聞くかの」
「雪ってのはそんなに厄介なのか?昨日だってすぐ無くなっちまったしよ、確かにその後泥濘んで多少は面倒そうだったが」
「んー、説明するのが難しいのぉ…どうせこの先見ることになるのじゃ、それからでよかろう」
「それも…そうか…」
おあげが入ってないスープにがっかりしつつも朝食を食べ終え、宿の人オススメの防寒着を扱っているお店へと行く。
「そうだね…そこまで詰める必要も無いし明日にでも取りにおいで」
「なん…じゃと…。もっとかかると思っておったんじゃが」
「はっはっは、型からってならそれなりに時間が掛かるけどね、裾をとかを多少詰める程度ならそんなもんさ」
「あー、そっかセルカさんが服を買おうと思ったら殆どオーダーメイドになるから…」
多少サイズがあって無かろうが問題ない南の格好なら兎も角、きっちりとしておきたい防寒着を用意するなら時間がと思っていたのだが…。
「おれらにそんなでけー尻尾は無いからな?」
「そ…そうじゃった、ここはヒューマンの街じゃった」
何日もかかるとドヤっていた自分が急に恥ずかしくなり、がっくりと肩を落とす。
店を出てギルドで話を聞くも、周囲では何も問題は起こっておらず、雪の状態も特に問題はないと言うことで、結局この街に長く留まることはなく、すぐに出発することになったのだった。




