112手間
東多領、最北の街…その門に立っていた衛兵に聞いたオススメの宿、その食堂で夕食を摂っている。
「ふぉおおお、なんじゃ…なんじゃこれは」
「えーっと、そんなに気に入ったのなら僕の分も食べます?」
「よいのか?ほんとによいのか?」
「えぇ」
「さすがカルンじゃー」
トマトの様な赤い実と根菜を煮込んだスープ、そこに浮かんでいるきつね色をした俵型のそれをカルンがスプーンでワシの器に移してくれる。
「くぅぅ、ワシを惹きつけて止まぬこれはなんなのじゃ」
「セルカが食い物にここまで反応するの初めて見たんだが、カルンはどうなんだ?」
「いえ、出てきたものはどれも美味しそうに食べてましたが…ここまでのは初めてですね」
「むぅ、まだまだ食べたいのじゃが、これ以上入らぬワシの腹が憎い」
「どれだけ食い意地張ってるんだか、暫く居るんだろ…だったらまた食えるだろ」
「おぬしに食い意地云々言われる筋合いは無いの」
現にアレックスはワシの再三のそれを寄越せコールを無視し、ワシの倍以上の量のスープを平らげている。
しかし、これは本当に何なのか…似ているものを知ってはいるが、それとも風味やらが少し違う気がする。
「お、丁度良い所に、そこのそこのお主やちょいとちょいと」
「はいはい、どうかしましたかー?」
丁度近くを通りかかった給仕のお姉さんを呼び止めてスープに入ってたものは何かと聞く。
「お客さん、外の人?」
「うむ、先ほどこの街に着いたばかりじゃ」
「なるほどねー、それはトフって言う豆を煮てすり潰して、それを絞った汁をさらに煮てそれに…う~ん、言っちゃって良いのかな…」
名前的にも材料的にもそのまんま豆腐だろう、けれどこの辺りにと言うか人の生存圏に海はない…にがりに変わる部分を言おうとして、お姉さんが言いよどむ。
「なんじゃ?企業秘密というやつかの?」
「きぎょー秘密?んー別に秘密ってわけじゃないんだけどね、ここの人なら知ってることだし」
「ふむ、ではなんじゃ?」
「むー…えっとね、外の人だとね…たまーに材料を聞いて吐いちゃう人がね…」
「な…なんと…」
他のテーブルの人に聞こえないように、お姉さんがこっそりとワシに耳打ちする。
「こんなうまいのじゃ、どんな材料であろうとどんと来い!なのじゃ」
「ふふふ、えっとね……さっき言ったものに焼いた石を砕いたものを混ぜてるの」
「なんじゃ…そんなものかえ」
お姉さんが耳打ちして告げた材料に拍子抜けする。吐く人も居ると言うからには、てっきり虫でも入っているかと思っていた。
確かに石を食ったと聞かされたら吐く人も居るかもしれないが…ドワーフと言う石を食う種族も居るというのに、それは失礼なんじゃなかろうか…。
「あら意外、驚かないのね」
「うむ、もっと仰天するものでも入っておるのかと思っておったでの。それにそれを言うたら塩も似たようなものじゃろう?」
「あっ、それもそうね。ふふ、それで固まったものがトフって言うのよ」
「ほほう…そうじゃったか、しかしその固まったものそのままではなかろう?」
「そうよー、トフを薄く切ってそれをちょっと多めの油で炒めて、それに味付けした挽肉を詰め込んでスープで煮たのよ」
「やはりそうじゃったか…なるほどのぅ、ありがとうなのじゃ」
「いえいえ、気に入ってくれたのならうれしいわ、それじゃね」
パチンとウィンク一つしてお姉さんは去っていった。つまりキャベツの代わりに油揚げを使ったロールキャベツか、米の代わりに肉を使ったおいなりさん。そしてアレほどまでに心惹かれた理由もわかった。きつねにあぶらげ…うむ…。
「セルカー、なんだったんだ、混ぜてたものってよ」
「石じゃ」
「は?マジで?」
「マジじゃ、けど塩もそうじゃろう?別に驚く事でもなかろうて」
この世界、塩は比較的広い地域で採掘できる岩塩を利用している。それを塊で売っていて、各々が削って使う感じだ。
石と言うのは恐らく石膏…さらにそれを焼いた焼石膏を使っているのだろう。実際に前世でも同じ方法で作られる場合もある。
名前からして確実に、この世界に転移してきた者の仕業だろう…神様基準で最近は無いという話だったので、恐らく相当昔に伝えられたものはず。
それを油揚げにして、きつねのワシが食うとはなんとも感慨深いものがある。
「確かに塩も石っぽいけどよ…しかし、石か…」
「そこらに転がっとるもんを使ってるわけではないから、安心するが良い」
「それも聞いたのか?」
「いや、石としか聞いておらんが、ちょいと心当たりがあったんじゃよ」
「そうか…」
そうは言っても納得いかないのか、アレックスはお腹をさすっている。
「食ったもんは仕方ねぇ、それでこれからどうするんだ?」
「おぬしらの防寒着を見繕いたいところじゃが、店は閉まっているじゃろうし明日じゃな」
「そうか、じゃあさっさと寝て朝一で買いに行こう」
「確かにそうじゃの」
さっさと寝て寒いのとはおさらばしたいのか、アレックスらは素早く部屋へと戻っていってしまった。
「ワシらも寝るかの」
「そうですね」
宿の受付で薪を買い、それを一緒に借りたログラックに乗せて部屋へと戻る。
「それは…?」
「薪じゃよ」
「それは、分かりますけど。持ってますよね?薪」
「うむ…まぁ、使用料という奴じゃの」
宿の部屋に入ると真っ先に目につくのは、人一人が余裕で飛び出せるほどの大きな窓とそれに付いた重く厚い両開きの戸、そしてその横には四角く黒い恐らく金属製の箱とそれから伸びて壁に突き刺さっている筒。
窓が大きく開け放たれているので部屋の空気は寒い、手早くランプを灯すと最低限の空気取りの隙間を開けて窓の戸を閉める。
「この薪はの、これに使うんじゃよ」
四角い箱に開いた口に薪を入れ、法術で火を点ける。中世…ストーブの火は絶やさなかったと言うが、法術や魔具で簡単に火が起こせるこの世界では使うときに点けて、用が済んだら消すというのが一般的だ。
火を点けて暫く、パチリパチリと薪がはぜる聞き慣れた音と共に部屋の空気が暖められる。
「部屋の中で焚き火をするなんて、初めて見ました」
「向こうでは、わざわざこうして部屋を温める必要なぞないしの」
「何というか、鍛冶屋にある炉に似てますよね」
「ま、似たようなもんじゃからの」
明日も早い。そんな会話もそこそこに、早速とばかりに二人で寝台へと倒れこむのだった。
少し苦言を頂きましたのでタグを増やしました。
ですので、一度目を通していただけたら幸いです。
そして、タグにもありますが星球大賞に応募しておりますので。
感想、評価ブックマークどしどしお待ちしております。




