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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
第四章 女神の願いでダンジョンへ再び
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111手間

 今朝積もっていた雪はすでに溶け、温かい日差しの下、雪解け水でぬかるんだ道を馬車は進む。

 この辺りの気温は、本当の寒さを知っている身としてはまだ暖かい。なにせ、陽が出たら新雪を踏む余裕すら無く溶ける位だ。

 日が登り、気温も上がってきたのでワシはすでに防寒着を脱いで薄着と言ってもいいくらいなのだが、おっさん三人組は防寒用のコートを着こみ、更に毛布に包まってガタガタと震えている。

 実にみっともない姿だが、なんでおっさん達が防寒着を着ているかというと、あの後暫く弄っているとさすがにやり過ぎと思ったのか、カルンにお願い……いや、命令されたから。

 いつもより低い声で、さらに呼び捨てで命令されたら従うしかないじゃないか。何というか新しい扉をマスターキーを使ってぶち破られた感じだ。


「街についたら、早速頼んでみるかのぉ…」


「何を頼むの?」


「ふえっ、あーいや…アイナ達の防寒着を頼まんとなーとの」


「確かに…北の街はこれよりもっと寒いんでしょ?」


「うむ、ここらはまだ暖かい方じゃからの」


 思わず漏れた呟きをアイナに聞かれたが、なんとかごまかせたようだ…。

 そして言った通り、北の街はここよりもっと寒い、しかし暖かい地方出身者の寒さ耐性の無さを舐めていた。

 カルンやアイナは若さ故の適応力を見せ、寒い寒いと言いつつも魔獣にも対処できるほど動けるが、おっさんどもは情けないほどに震えて動けていない。

 幸い次の街までは、ワシの記憶が正しければもう少しで着くはずなので、ワシが手綱を取り馬車を進めている。


「うーむ、これは次の街で防寒着を作ってもらう間、暫く寒さに慣れさしたほうが良いのぉ…」


「は、早く火に当たりてぇ…」


「夕方には着くじゃろうて、それまでは我慢してさっさと寒さになれる事じゃのぉー」


「くっそぉ…引き返してぇが…」


 カチカチと歯を打ち合わせているアレックスは、その後の言葉が続かない、流石に寒がり過ぎのような気もするが、もしかしたらこの三人はとびきり寒さに弱かったのかしれない。

 ここまで寒さにガタガタ震えながらも引き返すことを提案しない理由なのだが、今朝出発前にあまりの寒がりように次の街で別れて先に帰るかと聞いた時に教えてくれた。

 一言で言ってしまえば見栄だ、カカルニアを発つ前に酒場か何かで、次は水のダンジョンを攻略してきてやると豪語した為、何もせず戻れないと…そういう訳だ。


「はぁ…男とは馬鹿じゃのぉ…」


「えー、僕は言ったことを守る為にがんばるのは、かっこいいと思うけどなぁ…」


「確かにかっこいいと思うが…それはカルンみたいな男がやってこそじゃし、実際はパッとせぬおっさんがガタガタ震え寒さに耐えとるだけじゃしのぉ」


「むー」


 ただしイケメンに限るという奴だ、しかしアイナは不服なのか可愛らしく頬を膨らませている、アレックス達の話によれば前は全くこういう女の子らしい行動はしなかったらしいのだが、恐らく自分と同じく女性が居るという安心感からだろう。

 それでも、節々で男っぽい行動をするので、かなりボーイッシュな女の子と言う域を出ないが、元男のワシが何をとも思うがそのあたりみっちりと女神さま手ずから、きっちりみっちり叩きこまれたから問題ないのだ。


「中にぃがねーうるさいんだよー…ってどうしたの遠い目しちゃってさ」


「いやー…うむ、ワシもマナーに関しては厳しく教えられたのを思い出して…のぉ」


 カタカタと揺れる御者台でアイナと二人、遠くに街の壁が見えたがまだまだ遠い、街に近づいたからか魔獣は鳴りを潜め、代わりに暇をつぶそうとばかりにアイナの話は二転三転する。

 そんな中の流れで家族の話となり、なんともベタな事にアイナは男兄弟の中で育ったためボーイッシュに、そしてその兄の中の一人がマナーにうるさかったと言う話になり、女神さまのスパルタ教育を思い出し遠い目をしてしまったという次第だ。


「話を聞く限りかなり過保護のようじゃが、よく旅に出ることに許可が出たのぉ…」


「うん、だって許可とってないしね!」


 アイナはまるで親に内緒でお泊り会でもするかのような気軽さで、舌をペロリと可愛らしく出してあっけらかんと言ってのけた。


「それは…いいのかの?いや、今更なんじゃがの」


「前は家から狩りとかに出てたんだけどね、東から戻ってからは野営すらさせてもらえなかったから、最近はずっと宿だったんだ」


「そう言えば、そこでワシを見たと言っておったな…まぁ嫁入り前の娘に危険な所に行って欲しくないという、親兄弟の気持ちも分からんでもないがのぉ」


「わかるけどさー、やり過ぎなんだよにぃ達は!」


「おぉ、どうどう」


 なんぞ過保護っぷりを思い出したのか、アイナが急に足を投げ出すのでまるで馬を宥めるように扱う。


「むー僕は馬じゃないよー」


「急に暴れるからいかんのじゃー、じゃが街の中の馬の近くで大声や今のように急に動くと危ないからやめるんじゃよ」


「むむむ、セルカちゃんまでにぃ達みたいなこと言う、そんなことはしってますー」


 街の外で使われる馬は急な音や動きでは驚く奴は居ない、驚く馬は荷物ごと食われちまうからな、とは酒の席での定番の笑い話らしい。

 しかし、アイナはたしかワシの一つ上カルンと同い年のはずなのだが随分と幼く感じる。それも兄たちが過保護になる理由なんじゃないかと思うが、本人の名誉のためにも黙っておく。


「けど暇だね、街は見えてるのに近づいてる気がしない」


「暇でなくなるほどなにか起きるのは勘弁じゃのぉ、とりあえず見えておるからのその点は安心するのじゃ、以前街までどの位で着くか分からん時があっての、その時のあやつらの憔悴っぷりといえば―――」


 震えは収まっているが未だ縮こまっているアレックスらを顎で示し、砂漠の町からの帰りの時の醜態を話す。

 話を聞いてアイナがげらげらと笑い、アレックスは立ち上がって抗議しようとするが、毛布がはらりと落ちて冷気がその身を襲うとすぐさま縮こまり弱々しく文句を垂れ、それを見てまたアイナがげらげら笑う。

 もうすぐ東多領最後の街につく。弱々しく反論するアレックスとげらげら笑うアイナの声を聞きながら、何度目かわからないトラブルなく過ごせるようにという祈りを女神さまにするのだった…。

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[気になる点] 誤変換:昇り 日が登り、気温も上がってきたのでワシはすでに防寒着を脱いで
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