109手間
出立当日、屋敷の門の前にはワシとカルン、そしてお父様とお母様だけだ。
お兄様達は仕事で居らず、アレックス達は気を利かせてギルド前で落ち合うことになっている。
「お父様、お母様行ってくるのじゃ」
「ふぅ…本当に行っちゃうのね…気をつけなさい、つらかったらカルンにうんと甘えなさい、そして必ず帰ってきなさい、ここが貴方の家なんだから。カルン!セルカちゃんに傷一つつけたら許さないんだからね!」
「わかったのじゃ」
「はい」
「カルン、お前は守ると誓ったのだ、そして共に行くことを選んだ、ならその誓い違えるなよ」
「はい、父さん」
「セルカ、お前はカルンをしっかりと支えてやってくれ、思い込んだら一直線すぎるからな」
「それはよく知っておる、じゃからワシがここにいるんじゃがの」
「それもそうか」
厳格そうな顔をニヤリと歪めると大きく頷く。
「ではの、行ってきます、なのじゃ」
「行ってきます、父さん、母さん」
「あぁ、行って来い」
「怪我に気をつけるのよ~」
二人の声を背に、まずは集合場所のギルドへと向かう。そう言えばカルンと二人きりで歩くのは久々かもしれない。
二人で歩くという楽しい時間はすぐに過ぎてしまい、あっという間にギルド前へと着いてしまった。
「よう」
「んむ、準備は良いかの?」
「あぁ、ばっちりだ。例の新米も十分戦力になりそうだぜ」
「して、その新米とやらはどこじゃ?」
ギルド前に馬車を止めて待っていたアレックスら三人に声をかけると、態々隠れていたのか偶々支度をしていたのか、馬車の影にいた新米をアレックスが呼び寄せる。
「こいつは…」
「初めまして!僕アイナって言います。セルカさんに憧れていたんですよ、お会いできて光栄です!」
「う…うむ、よ、よろしくの?」
アレックスが紹介しようとしたのを遮って、ワシの手を握りぶんぶんと振り回す勢いで握手しながら、アイナが自己紹介をする。
よっぽど嬉しかったのか、今にも息がかかりそうなほどに顔が近いので、ちょっと後ずさってしまった。
「む」
「はぁ…まぁ、自分でいっちまったがこいつはアイナだ、三になったばっかりだが腕は中々だ。全く俺の近くでは優秀な新人が育つとか俺の才能が怖い」
「いや、それはお主がすごいのではなく、周りがすごいだけじゃろう…」
アレックスが高笑いしながら戯言を抜かすが、そうそう優秀な新人なんて居ないので、確かに運はすごいのかもしれない。
そしてカルンはワシがアイナに詰め寄られているのが気に入らないのか、若干不機嫌な顔をしているがそんな顔すらきゅんきゅんくる。
「さてと、アイナや…まずおぬしに言っておくことがある」
「はい!」
「カルンはワシの…最愛の…夫じゃ、靡くことは万が一にも無いが、まかり間違っても手を出したりするでないぞ?」
最愛の下りは流石に口にするのは恥ずかしくて、誰にも聞こえないほど小さくなってしまったが、取り敢えず万が一も…いや、極が一も無いだろうが釘を刺しておく。
「え?」
「はっ?」
「は、はい…わかりました!」
なぜ釘を刺したのかわからないとばかりに、カルンとアレックスが疑問の声をあげ、アイナはちょっと顔を赤くして頷いている。ちとお子様には早かったかの。
「え?セルカさん…?僕にそんな趣味はないですよ!」
「そうだぜ、確かに女顔だが…それを言ったらちょっと前のカルンなんてそうだったし、お前の方がやばいんじゃねーか?」
「お主らは何を言っておるんじゃ?初対面のカルンは兎も角、アレックスお主は暫く一緒じゃったのじゃろう?」
「そうだが…お前は何を言っているんだ?」
「いや、彼女にワシのカルンに手を出すなと釘を刺しただけじゃが」
「え?」
「かのじょぉぉ?!」
「カルンは兎も角、なんでアレックスお主が気付いておらんのじゃ…まさかジョーンズ、インディお主らもか?」
「流石に気付くって、面白いから指摘しなかっただけで」
ジト目で三人を見つめるがジョーンズは即座に否定し、インディも首を振っている。
「えーっと、アイナすまんかった」
「い、いえ…僕もこんな格好ですしよく間違えられるので気にしてませんよ…」
お互いもじもじしながら謝りあっている…確かにボーイッシュな外見で、どこぞの農家なのかよくわからない人が連呼しそうな体型なので、パッっと見かわいらしい男の子と間違えられても仕方がない。
しかし、ボーイッシュな僕っ娘がもじもじしてるのはなんとも…それに比べておっさんがもじもじしているのは…。
「キモい…」
「なっ!いきなりなんだよ!」
「おっとすまんの、おっさんがもじもじしてるのが気持ち悪すぎて思わず口が滑ってしまったのじゃ」
「ひでぇ!」
「あー」
「確かに…」
カルンとジョーンズが肯定の声をあげ、インディも首肯するのに合わせアレックスががっくりと肩を落とす。
「えっと…その…僕も?」
「いやいや、アイナはそのままでよいのじゃ、むしろそのままがよい」
「はぁ…自分で考えても確かにないわ…けれどよ、セルカはよくアイナが女の子って分かったな?」
「いや、判るじゃろう?こう何となくこうの?ジョーンズは分かるじゃろう?」
「俺も最初は男だと思ってたからなぁ…暫く一緒に行動してあーこれ女子だってやっと分かったしな」
「うぅむ…」
インディもそうだとばかりに頷く、感覚が鋭い獣人だからか同じ女性だからか…まぁどうでよもいか…。
「はぁ…もうどうでもよいか、それでは出発しようかの」
「あぁ、分かった」
アレックスが御者台に座ったのを合図に、皆馬車へと乗り込んでゆく。
「乗ったな?それじゃいくぜー」
パシンと手綱を繰る小気味よい音が響き、ガラガラと車輪が音を立て馬車が動き出す。取り敢えずの目的地は東多領、最北の街、そこでアレックスらの防寒着を見繕う予定だ。
本当はもっと南の街で揃えるのが最善なのだが、アレックスらは寒い地域に一度も行ったこと無いからか寒さを舐め腐っていやがるので、結構寒い最北の街までいって寒さをその身に刻んでから防寒着を買わせるのだ。
カルンとアイナの二人には、ワシが寒さの怖さを説いたらすぐに信用してくれた上に、カルンに至ってはお母様がすでに防寒着を用意していたので問題ない。アイナの分は取り敢えず途中の街で適当なのを用意してから、最北の街で本格的に用意する。
場合によっては揃えるのに時間がかかるだろうから、心情としては最短で北の街に行きたいが寒さに対しての備えはしっかりとしておきたい。
流れる景色を眺めながら、今度は変なことが起こらないようにと、この旅の無事を祈るのだった。
アレックス弄り楽しい




