108手間
結婚式の後、ウエディングドレスはそれを作ったお店へと寄付した。その代わり服を何着かもらったらしいので、寄付と言うのはやっぱりちょっと違うかもしれない。
ドレスは店頭で獣人のデザインサンプル用のプリザーブドドレスにするらしい。これは前々から決まっていた事らしく、どうせワシが着ることは二度と無いのだから否はなかった。
「勝手に決めちゃってごめんなさいね」
「気にしておらんのじゃ、二度着る様なものでなし、飾るのも手間じゃしの」
「ありがとうね、その代わりと言っては何だけど、何着か服を作ってもらったから渡しちゃうわね」
夕食を終えて、お母様の部屋に呼びだされそんな話をしていると、カーラがそれなりの量の服を抱えて部屋に入ってきた。
「セルカちゃんは北の街に行くんでしょ?一度行ったから知ってるとは思うけど、向こうはとても空気が冷たいらしいじゃない?」
「確かにあそこは寒そうじゃったの」
確かに、以前寄った時はポンチョの効果もあり寒さは感じなかったのだが、見ているだけでとても寒いということが分かる地域だった。
正直一人でその地域に長く居たくなかったので、その時は観光などせずに最短で西多領へと抜けてしまったのだ。
「でしょ?だから暖かい服装でなおかつ動きやすそうなものを作ってもらったの!」
お母様が見せてくれた服はどれもこれも暖かそうなものだった、もちろん全部ノースリーブだが…。
「けど、セルカちゃん腕出しておかないと不便でしょ?そこでこの上から羽織る形のおっきなマント!」
じゃーんと言って広げたのはマントと言うよりも、フード付きの頭から足元までをすっぽりと覆うほどのローブにも見える。
厚手でもこもこした裏地など見ているだけで暖かそうで、これさえあれば吹雪の中だって平気だろう。
わざわざ作ってもらったと言うのだから、かなり前から注文していたのだろう、北の街へ行くことに反対していたのに…。
「ふふふ、かわいい娘のわがままだもの…聞いてあげるのが親の甲斐性ってものでしょ?」
「お…お母様ぁ」
目頭が熱くなり、思わず抱きついてしまう。
「里を出てからいままでずっと一人だったのよねぇ、親に甘える事もわがままを言うことも出来ないのは、あなたの歳ではまだまだつらいわよね。だけどね、もう貴方には私達が居るの、だからうんと甘えてうんとわがままを言いなさい」
そっと抱きしめられ、優しく頭をなでられる、いままで気付きもしなかった…気付こうともしなかった心の隙間が埋まったような気がする。
カルンに告白された時や結婚式の時でもなく、今本当の家族になれた…新しい家族ができた、その実感が湧いてきた気がする。
「さてと、いつまでも新婚さんを私が独り占めにしている訳にはいかないわね。ほらほら服をしまっちゃって」
「うぇ、は、はい」
さっきまでとは打って変わって明るい雰囲気で、ワシの両肩を押してひっぺがすとカーラから受け取った服を、文字通り押し付けてきたので慌てて腕輪へと収納する。
「さぁさぁさぁ、早く部屋に戻ってお勤めを果たして来なさい」
今度はくるっと回転させられると背中を押して部屋から追い出される。
訳が分からなかったが、廊下に出て冷静になるとようやくその言葉の意味を理解する。
今の格好はドレスも着替え化粧も落としたが、それ以外は結婚式の時の格好そのままだ…。
「あぁ…お勤めってそういう…。こっちにもそういう風習があるんじゃろうか…しかし、今更な気もするのぉ…」
まぁ、喜んでもらえるなら多少恥ずかしがろうが否なぞあろうはずもない、足取り軽く部屋へと戻り、結局その日は朝まで幸せを噛みしめることとなった…。
そのため朝食の間はずっと眠気を押し殺していたところ、お姉様が眠りつわりだった事もありお母様に詰め寄られたが、正直否定も肯定も判断がつかないので、朝まで起きていたからだと言ったら一応引き下がってはくれた。昔の人は一体どうやって判断していたんだろう…やはり体調の変化とかそんなものでしかわからなかったのだろうか。
「セルカちゃん、やっぱりだめ。行っちゃダメよ!十日…いえ一月様子を見なさい!いい?いいわね!」
「わ…わかったのじゃ…」
というわけで出発はお母様の強い要望により延期となってしまった…。
疑わしきは…と言う事なのだろうが、ワシとしても万が一があって流れるのは本意では無いので大人しく言う事を聞くことにした。
「と言うわけで出発は延期じゃ、すまんのぉ」
「いや…まぁ、そりゃ別にかまわねーが、お前はそれで良いのか?」
「うむ、ワシも万が一があっては嫌じゃからのぉ」
「そうじゃなくて、ここで大人しく奥さんやってなくていいのかって事なんだが…」
「何時かはそれで良いかもしれんが、まだ…じゃの」
「ふぅ…カルンはいいのか?いくらセルカが強いからって死ぬかもしれないんだぞ?」
「僕はセルカさんを守るって誓いましたから」
「んー?カルン…お前も来るのか?」
「もちろんですよ」
結婚式の後、出発の延期が決まってから初めてアレックスと会話はこんなものだった。
そのアレックスは今、心底呆れた顔で頭を掻いている。
「はぁ…安定した生活が出来るってのに、わからねぇなぁ…」
「おぬしも結婚すれば、なんぞわかるんではないかの?」
「ちっ、俺はまだまだ独身を貫いてるだけだ!」
「ぶふっ!」
アレックスの言い様に思わず吹き出してしまった。なんだろう、結婚出来ない男の言い訳は万国…いや、異世界共通なのだろうか。
「今のは笑うところじゃねーだろ!」
「すまぬすまぬ、あははは」
「くっそー、まぁいい一月くらい後に行くって事でいいな!」
「そうじゃそうじゃ、それでよい」
アレックスがやけくそ気味に叫ぶので慌てて肯定する。
「あ~そうだ」
「なんじゃ?」
去ろうとしたアレックスが思い出したかのように足を止め振り向く。
「ちと今目をかけてる奴が居るんだが、中々優秀な奴でよ。一月後に使いもんになるようだったら一緒に連れて行っていいか?」
「ん?そのぐらい何の問題もないのじゃ、別にそんなこと聞く必要もないんじゃが?」
「あーいや…男でしかも歳も近くてよ…いいかなって…な?」
アレックスがちらりとカルンを見るので、何が言いたいかを察する。
「ワシが紅一点なのは今更じゃろう、それにワシがカルン以外に靡くなぞ、天地神明に誓ってありえぬ」
「てんちしんめー?まぁ、問題ないってんならいいや、それじゃな」
「んむ、何かあればまた連絡するのじゃ」
取り敢えず一月何もなければ出発だ、結果だけ言ってしまえば何もなかった。
お蔭でゆっくりと支度が出来たので、あそこで引き止められて良かったのだろう…。
のんびり過ごすのも悪くないが、やはり動き回っている方が性に合う。
やっと北の街へと向かうことが出来る、一先ずはサンドラを祝わなければと出発の時間を待ちわびるのだった…。




