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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
間章
113/3451

107手間

 教会の入り口に立つ二人の神官が 両開きの立派な木製の扉それをゆっくり開けていき 扉が軋む音だけがやけに耳に残る

 扉が開くとエスコートに従い中へと足を踏み入れる 拍手も音楽も聞こえない空間で 誰かが息を飲む音と足音 トレーンが擦れる音だけが響いているはずなのにパイプオルガンの音が聞こえるようだ

 ウエディングアイルを祭壇の前まで歩き お父様の腕から今度はカルンの手を取りその直ぐ側に立つ いつも握っているはずの手なのに今日はやけに大きく感じる


「これより誓いの儀を始めます お二人共その心からの言葉を」


「「はい」」


 神父の言葉を合図に儀式がはじまり 左手を胸に当てた神父はまずカルンの方へと向く


「汝カルンはセルカを妻とし 世界樹の下へと帰るその日まで 何時如何なる時も愛し守ることを誓いますか?」


「誓います」


 胸に左手を当てカルンが神父の言葉に応える


「汝セルカはカルンを夫とし 世界樹の下へと帰るその日まで 何時如何なる時も愛し支えることを誓いますか?」


「誓うのじゃ」


 神父がゆっくりと今度はこちらへと向くので ワシも左手を胸に当て応える


「お二人の言葉を受け取りました これより誓いを世界樹の下へと送ります」


 胸に当てていた左手を 祭壇の上に置いてあるワインボトルほどの背丈がある晶石に向け 二人でマナを送る

 神父が左手を晶石に向けマナを送ると その瞬間に晶石から柔らかい緑の光の膜が周りに一瞬だけ広がる


「…はっ お二人の誓いは世界樹の下へと送られました」


 神父としてもその現象は想定外だったのか 一瞬呆けていたがすぐに我に返り進行を続ける


「セルカ 手を」


 ワシも通り過ぎる光の感覚に呆けるが カルンの耳朶に心地よく響くその声に我に返り 左手を胸に当て右手を差し伸ばすそのポーズに次の進行の事を考える

 確かカルンの右手をワシは左手で取り 鐘の音を合図にヴァージンロードを歩いて外へじゃったか…


「はい」


 今できる精一杯の笑顔でその手を取ると 体を引き寄せられカルンに口付けされ まるでその時を待っていたかのようにリンゴンと鐘の音が鳴り響く

 どれほどの間口付けを交わしていただろうか 名残惜しいがカルンの体を右手でぐっと押す


「口づけなぞいつでも出来るじゃろう 何もこんなところでせんでもよかろう?」


「こんな所だからですよ セルカは僕のものだって言う事を知らしめたいんですよ」


 カルンの体を押したと言っても まだ吐息がかかりそうな近さで囁き合う


「んんっ お二人共手を取り合って門出を」


 神父がわざとらしく咳払いをしてこっそりとつぶやくと カルンと二人くすりと笑い合い 改めてその右手に左手を添えて歩き始める

 ウエディングアイルを歩く二人を 今度は万雷の拍手が包む さっきは見る事ができなかったが今度は見回す余裕がある

 左手にはお父様やお母様 見たことがない人は多分貴族の人達だろう 顔を顰める人はおらず皆笑顔だ

 右手前二列に誰も居ないのがチクリと胸をさすが その後ろにはアレックス ジョーンズ インディの三人がニヤニヤ顔で ギルド長と副長の二人も来てくれていた

 みんなの顔を一通り見て一つ頷き 今度はまっすぐ外を見据えて歩く 扉から外に出たら予想外の万雷の拍手で出迎えられる


「な なんじゃ」


「鐘の音が聞こえたから 多分近くに居た人が集まってきたんですよ」


 予想外の人出に戸惑っているとこっそりとカルンが耳打ちで教えてくれた

 よく見ると知らない顔の中に着付けを手伝ってくれた服飾店の人や孤児院の子達どころか よく利用していた商店の人達まで居た


「セルカちゃーんおめでとー」


「いったいどこから聞きつけてきおったんじゃか」


「セルカさんは人気者ですね そんな人気者を独り占め出来る僕は幸せ者ですね」


 祝福の声に手で応え微笑みながらの独り言に カルンがなんともかっこよく答えてきた


「じゃったら幸せ者を独り占め出来るワシは もっと幸せ者じゃの!」


 普段だったら床を転げまわること請け合いの 歯の浮くセリフをお互いに言い合い微笑む

 狙いすましたかの様に鐘の音が空に響くと それに応えるかのように突然サァッっと肌を湿らす程度の霧雨が空から注ぐ


「雨…?それだけで稀なのになんでこんな天気が良い時に…」


「ふふふふ」


 突然の天気雨に皆驚いたり慌ててたりする中 思わず笑みが溢れる


「セルカさん どうしたんです?」


「いやの こういう天気がよい時の雨のことを ワシの故郷では"狐の嫁入り"と言うんじゃよ」


 両頬を幾筋もの雫が伝ったのは 雨のせいなのか光が通り過ぎる時に聞こえた気がする 懐かしい声に贈られた祝福の言葉のせいなのか それは神のみぞ知る


「さいっこうの結婚式だったわよぉ」


 ドレスからいつものワンピースに着替え、教会から帰る途中の馬車で、鼻息荒くお母様が悶えている。

 馬車は男女で別れて乗っているので今はお母様と二人きり、お蔭でお母様は伸び伸びとオーバーリアクションを取り、今日の式を振り返っている。


「まさかカルンがあんなキザったらしい事をするなんてねぇ…ちょっと前までは考えられなかったわ」


 お母様の言葉にその時のことを思い出し、思わず両頬を手で抑えると明らかに火照っているのがわかる。


「けど、最後の最後に雨が降ったのはびっくりしたわねぇ…」


「んむ、ワシもびっくりじゃ。ワシの故郷では晴れておる時に降る雨を"狐の嫁入り"と言うからのぉ。女神の思し召しというやつかの」


「ふふふ、今日この日の為に用意された言葉みたいね、誓いの言葉を送るときに晶石が光るのも初めて見たし、もしかしたら本当に女神様がセルカちゃんの結婚を祝ってるのかもね」


「かもしれんのぉ…」


 天気雨が通り過ぎた街を駆ける馬車に揺られながら、只々今は望外の幸せに心を弾ませるのだった。

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