104手間
ケインお兄様の結婚式も終わり、次のワシの結婚式まであとすこしといった頃、普通なら…いや、前世であれば事前の調整などで慌ただしい時期なのだろうが、その辺りは全て使用人達が代行で行っているのでぶっちゃけて言えば暇だ。
しかも、今まで街の外へ出るのがダメだったのが、屋敷の門から外へ出るのがダメとなってしまったので、ますます暇に拍車をかけている。
少しでも暇を解消しようと、衣装合わせやリハーサルみたいなものはしないのかと聞いてみるのだが。
ドレスのサイズは完璧、当日のお楽しみに、という事で試着どころか見ることさえ叶わない。
リハーサルに関しても、誓いの言葉は神官の文句に返事をするだけ、花嫁は必ず誰かにエスコートしてもらうので特に動きも問題はないと…。
そんな事を考えつつ、屋敷の廊下を歩いている時だった。
「暇…じゃ………ふえへあぇぇ」
ぽつりと呟いていたところに尻尾になにか当たったと感じた直後、間抜けな声を出してその場にへたり込んでしまう。
背後から突然襲ってきた手により、耳の付け根を執拗に攻められだしたのだ、振り向いて抗議をしようとするのだが、絶え間ない攻めに振り向くことすら叶わず、声すらあげることも出来ずに、その場に倒れこんでしまう。
それでも攻めの手は止まらず、ついにはビクンビクンと痙攣を初めたところで、襲撃者はやっとマズいと思い至ったのか攻めの手を止めるのだった。
「はっはれぇ…ひゃぁ」
「これは…流石にここじゃまずいわね…」
やっとの思いで呂律の回っていない誰何をするが、襲撃者は気にも留めずワシの両脇から手を差し込んで、ずるずると引き摺る様に部屋の中へと運ばれる。
ソファーへと横向きに寝かせられると、襲撃者はようやくその顔をひょっこりと覗かせる。
「ごめんねセルカちゃん、まさかこんな事になるなんて」
「おかあさま?」
「でも、声をかけたのに気づかないセルカちゃんも悪いのよ」
そこにはプンプンと擬音でも付きそうな、かわいらしい怒り方をしているお母様が居たのだった。
「カルンから、耳の付け根をこすると、セルカちゃんは気持ちよさそうにするって聞いたから、試してみたかったんだけど…」
たしかに腰砕けになるほど気持ちよかったが。
「や…やり過ぎじゃぁ…」
「ごめんねぇ」
やっと体に力が戻り、ソファーへと座り直す。
「それで、声をかけたってことは、何か用事でもあったのかの?」
「えぇ、書類整理の手伝いをと思ってね」
ケインお兄様とセイルお兄様が行った視察、と言うか町の名前を決めるという通知の旅。
結局、名前の決定方法はその時の町の長に当たる人の名前にするという事になりそれを伝えに周っていたのだが、それを伝えると皆二つ返事でその場で快諾した為、前の巡りの税関係の書類にその名前を記載する作業が出来てしまったのだ。
無論周れなかった村落もあるので、そこには町から通知が行って名前を決めるらしいのだが、それは今回の税の徴収時になるだろうとの事だった。
「わかったのじゃ…」
「よかった、それじゃ行きましょうか」
「んむ…あ…ちとその前に部屋に戻らせて欲しいのじゃ、その後そっちにいくのじゃ…」
立ち上がった時、ちょっとした事に気づいて部屋に戻ることを伝えると。
「わかったわ、先に行ってるからすぐに来てね」
そう言ってお母様は部屋から去っていく。
「むむぅ…カルンのせいじゃ…」
今回の事も、カルンがお母様にバラしたから…そしてカルンがワシが好きだからと、毎回毎回耳の付け根を擦るせいで条件反射の様に反応するようになってしまった。
そそくさと部屋に戻り用事をすませると、様々な書類が保管してある部屋へと向かう。
その部屋には、この世界で普通に生きていれば、まずお目にかかることはない、壁一面の本を見ることが出来る。と言っても中身は税の事だったり、面白い話なぞ一つも無いのだが…。
基本的に出回っている本も、大抵が実用書の類でなかなか高価なものばかりだ。偶に異常に安い本も見かけるが、それは中身が白紙の写本用の本だったりする。
そんなわけで、この世界で本の山などというのは滅多にお目にかかれないのだが、そんな珍しい物の山にお父様が埋もれていた。
「まさかそれ全部かの…?」
「いや、これは関係ない。今回やるのはそこの製本していないやつだ」
そう言って顎で示す先には、本の山に比べると実に常識的な量の書類が置かれていた。
机に座るとその書類に、お兄様が用意した町の名前と以前まで使われていた位置による呼称とを確かめつつ書き込む作業に入る。
書類の量自体はそこまででも無かったのだが、ちゃんと町の名前があっているかどうか、場所はたしかにそこなのかを確認しながらの作業はかなりの時間を必要とした。
途中で昼などの休憩を挟みつつではあったのだが、すべての作業を終えたのは夕食の時間を告げにライニがやってくる頃だった。
書類の整理を終え伸びをしつつ、さっさと旅に出ようと心に誓うのだった…。




