103手間
ケインお兄様の結婚式から数日、朝起きて尻尾とスズリのブラッシングを終えた後、皆で朝食を取る。
この度、ワシの義姉となったアーシェお姉様はどうやら眠りつわりの様で、このところずっと眠たそうにしている。
四六時中ひどい眠気に襲われる代わりに、吐き気などの不快な症状な殆ど無いとは言っていた。
気を抜いたら寝てしまうほどの眠気らしいのだが、幸いな事に家事などの一切は使用人がやってくれ、さらに身の回りの世話もしてくれるのだ。
お蔭で一般家庭ならかなり困りそうな眠りつわりは、不快な症状が他に出てない分、楽そうではあった。
「相変わらず眠そうじゃのぉ…」
「う~ん…」
話しかけても生返事で、うつらうつらと船を漕いでいる。
本格的なといえば良いのか…眠りつわりがひどくなったのが、結婚式の後で本当に良かった。
「しかし、よくお姉様に子供が出来たとわかったのぉ」
「ふふふ、伊達に三人も子供は産んでないわよ、一緒にご飯食べた時に最近急に好みが変わったって言ってたし、その時からちょっと眠たそうにしてたから、ピンときて産婆に来てもらったのよ」
「なるほどのぉ、しかし、つわりのぉ…今から気が滅入るようじゃ」
「セルカちゃんはつわりと縁が無さそうな気もするけど、こればっかりは出来てみないとわからないのよね」
「じゃのぉ…」
お母様と話している間も、アーシェお姉様は船を漕ぎ続けていたので、ケインお兄様が肩を貸しつつ部屋へと戻っていった。
「そういえば、セルカちゃんは子供ができたらハンターは引退するの?」
「流石に子供を放っておいてハンターはせぬが、引退はせんかのぉ…」
「ハンターを続けなくても生活に苦労はさせないわよ?それに坑道からもかなりお金が入っているはずだし、どうしてそうまでしてハンターを続けるの?」
「それがワシがここに来た理由じゃからのぉ…」
「腕試しって事?」
「いや、違うのじゃ。何と言えばよいのかの」
流石に心苦しいが、そのままの真実を伝える訳にもいかない。お父様やお母様は色々な情報が手に入る立場にあるのだ、ヒントだけでも入手できるかもしれないと、少し脚色して話すことにした。
「簡単に言えば探しものじゃ」
「探しもの?どんなものを探してるのかしら?」
「どんなものかすら分かっておらぬのじゃ、下手すればものじゃない可能性もあるしの」
「そんなものを、どうやって探すの?」
「どんなものかは分からぬが、どのようなものかは分かっておるからの」
「ふんふん?」
「里の者が凄まじく昔に交わした契約なのじゃがの、最近になってどこの誰かは知らぬが、その契約を悪用しようとした者がおっての、契約を悪用できぬように契約に使われた遺物を探しておるのじゃよ」
「じゃあ、その悪用しようとした人のところにあるってこと?」
「遺物自体はとうの昔にわからなくなっておるそうじゃ、文献すら残っておらぬ」
あの女神様が昔といっていたのだ、億単位で時間が経ってたとしても不思議ではない…。
「では、どうやって契約を履行してるんだい?」
それまで黙っていたセイルお兄様が、そんな疑問を口にする。
「ワシも詳しくは知らんのじゃが、契約自体は何らかの儀式を行えば、直接遺物を介する必要は無いそうなのじゃよ。じゃからそれを逆手に取って悪用しようとしたものは、すでに罰せられたらしいのじゃが、今後似たようなことが起こらぬ為にとワシが遣わされたという訳じゃよ」
「つまり、その遺物を探すためにはハンターを続けないといけないって事?」
「そうじゃの、相当昔の品じゃから、ダンジョンにあったり、なんぞ痕跡が残っておるかもしれんからの」
「話を聞いてる限り、けっこう急いだほうが良さそうに感じるんだけど…?」
「いや、それについては大丈夫じゃ。いくら時間がかかってもよい、途中で死んでも気にするなと言われておるからの」
「えっと…それって大丈夫なの?」
「さてのぉ…契約を行う儀式はかなり特殊らしいから、そうそう行う輩も居らぬらしいしの」
「急ぐ必要は無いってことなのね?」
「んむ、そういうことじゃの。生きてるうちは探してくれとも言われておるがのぉ」
「そう…じゃあ、本当にのんびり出来るように、私達も気になったことがあれば調べておくわね」
「助かるのじゃ」
「いいのよぉ、なんてったってかわいい娘の為だもの!」
お母様の横で、お父様も同意するように深く頷いている。
今のところ世界樹のダンジョンの頂上にあるかもしれないと言う話しぐらいしか無い。これで何か良い話が聞ければ良いのだが…。
正直、あの木の頂上なんて、たどり着くまでに何十年かかるかもわからない。どこぞの主人公が無口な漫画じゃあるまいし、長い年月ひたすら上を目指すなどはやりたくない。
誰もがワシを知らんようになるほどの年月が経った後であれば或いは…それも一体いつになるかわからない。
ひとまずはワシのやりたいことの片手間に、探していけば良いだろうと決意を新たにするのだった。




