1042手間
長老だけでなくドノヴァンまで身を乗り出し、いや、立ち上がって酒瓶を視線だけで割るのではないかと思うほど見つめている。
ドワーフが無類の酒好きだとは知っていたが、ここまでとは思っておらず、ワシは思わず少し身をのけぞらせる。
「う、うむ、そうじゃ、これは酒じゃ。地上にある果実をつこうた酒での」
「飲んでもいいか!」
長老がワシの説明など、酒と分かればそれでいいとばかり遮り聞いてくるが、その手にはいつの間に取り出したのか、石製のジョッキを持っていた。
しかも、長老の巨躯に合わせたサイズのジョッキであるのでワシであれば両手で抱えるほどの大きさもある、もう殆ど酒を小売りにする小さな樽の如くだ。
「んむ、気に入れば良いのじゃが」
「匂いで分かる、これは新しい酒! それだけで心が躍る」
「あぁ、新しい酒を作ろうにもあらかた出尽くしてるからなぁ、奇を衒ったことしてみても、大抵は先人がやりつくして不味かったりまともに酒にならなかったモノ、ということも多い」
長老が今にも言葉通り小躍りしそうな声音で言い、ドノヴァンがしみじみと遠くを見つめるように言うが、その手には長老同様にいつの間にかジョッキが握られている。
「確かに、地下では酒に出来るもんも少ないじゃろうしのぉ」
「御託は十分、さぁ、飲もうではないか!」
ずずいっとジョッキを押し付けるようにワシに差し出してくる長老に苦笑いしつつ、栓を開けジョッキの半分ほどまで注いでやる。
次いでドノヴァンにも注いでやれば、すぐにでも酒を呷ると思ったのだが、二人はじっとワシを見つめるばかりで酒を飲もうとはしない。
「どうしたのじゃ?」
「それはこちらのセリフだ、貴方は飲まないのか? 飲めないのならば無理に飲む必要は無いが」
「いや、飲めるが」
「そうか、ならば共に飲もう、酒は皆で飲んでこそだからな!」
そういって長老は、ガッハッハとその体躯に実によく似合う笑い方で豪快に笑う。
それにしても意外だったのは、先ほどの長老の言葉を聞く限り酒を飲めないドワーフが居るということだろうか。
飲めない者がいるからこそ、飲めない人への配慮の言葉が出てくるのだから。
そのドワーフの当たり前であるが、当たり前に無視されがちな配慮に関心しつつ、自分用のコップをワシも取り出す。
これも尻尾から取り出すふりをして腕輪から出したのだが、ドワーフ二人はそれをまるで当たり前だといわんばかりの表情でにこやかに見つめてくる。
「ほう、地上の民も常に酒用のモノを持ってるのか」
「いや、ワシは入れるところがあるから持ち運んでおるだけじゃ、というかおぬしらは常にそんなジョッキを持ち歩いておるのかえ?」
「当然だろう? いつどこでうまい酒に出会うかわからんからな!」
長老が笑うのに合わせて、然り然りとドノヴァンも豪快に笑う。
笑いながらマイジョッキを持ち歩くのは常識だと宣う長老を見て、酒を飲めない者に対する気遣いはあるようだが、酒を飲めないドワーフなど殆ど居ないのでは無いのだろうかと、ワシは苦笑いしつつ自分のコップに果実酒を注ぐのだった……




