1037手間
馬車ならぬ蜘蛛車は、その見た目に目を瞑れば乗り心地は快適だ。
ドワーフの街の道がしっかりと舗装されているというのもあるだろうが、馬と違い動く時に上下に揺れない為か引っ張る動きに緩急が無く、そのおかげで非常に揺れが少ない。
本当に蜘蛛という外見でなければと思わずにはいられない。
「それにしても、こんなに大きな蜘蛛が洞窟にはおるんじゃな」
「あぁ、この青蜘蛛って奴はあまり速く動かないから捕まえやすいし、苔と水だけ与えてやればいいから世話も楽だし、何より人懐っこいのがいい」
「そ、そうかえ」
まるで愛馬を語るかのような、ドワーフのややうっとりとした声音に、ワシは相手が蜘蛛であるということも相まってひっそりと距離を取る。
ワシはほぼ蜘蛛の後ろに繋がれた荷台の更に後ろ、最も蜘蛛から距離を取った場所に座っているので、距離を取ったといっても精々さらに指一つ分ズレたに過ぎない。
「それにしてもまぁ、女性はみんなそんな反応するんだよなぁ」
「感性はドワーフも似たようなモノじゃと、ワシは安心するの」
彼らは自分たちがドワーフという種族ということは知っていた、ワシが動物をかわいく思うのと同様に彼らが蜘蛛がかわいいという価値観であることを少し警戒したのだが、彼の話を聞く限り少なくともドワーフの女性は、蜘蛛をあまり好まないという情報にほっと胸を撫で下ろす。
無論、誰が蜘蛛を好もうとそれを咎めるつもりなど毛頭ない、趣味趣向など人道にもとるモノでもない限り、それこそ好きにすればよい。
ワシに押し付けてこない限りはだが……。
「して、長老の家にはどれくらいで着くのかの?」
「もうすぐ、というかアレだ」
ドワーフが指さす方を見れば雨が無いからだろう、屋根に傾斜の無い長方形を横倒しにして、豆腐の様につんつるてんにならないように装飾を施されたような、不思議な建物が見えてきた。
「あそこにこの蜘蛛を育ててる洞窟なんかもあるんだ」
「そうかえ、それにしても、屋根は必要なのかのぉ」
「そりゃ必要だろ、盗人が入ってくるかもしれないし、蜘蛛がぴょいっと入ってくるかもしれないからな」
「それもそうじゃな」
雨も降らないのだし天井は必要無いだろうなどと思ったが、言われてみれば確かにそうだと納得する。
地上とは違う建築様式に目を凝らしているといつの間にか門を越え、長老の家の車止めへと蜘蛛車が滑り込むように入り止まる。
ワシらが来ると言うことを聞かされていたのか、車止めで待っていた使用人と侍女らしきドワーフたち。
侍女たちが皆蜘蛛からなるべく距離を取った位置に立っているのは、多分気のせいでは無いだろう。
ワシと目が合った侍女はワシの姿にだろうか、驚いた表情をした後にワシが蜘蛛から離れた位置に座っていることに気付いたのだろう、お互い何をとは言わないが確実に同じ気持ちだろうとうんうんと小さく頷き合うのだった……




