1036手間
洞窟で栽培している苔を焙じたというお茶を奥さんと二人で楽しんでいると、バタンと勢いよく扉が開かれる音とドタドタとした足音が玄関の方から聞こえてきた。
「長老はすぐに会うそうだ」
「おぉ、それはありがたいのぉ」
「あなた、あの子はどうするのです?」
「寝ているなら無理に連れてくる必要はない、とのことだ」
「そうですか、では私は留守番していますね」
「あぁ、頼む」
駆け込んできたドワーフが、まずワシに長老と会う約束を取り付けて来たと伝える。
そこへ奥さんが、子供のことはどうするのかと聞くが当然だろう、連れて行くならば起こさねばならない。
しかし、疲れて寝た子を起こすというのは、なかなかにかわいそうなことだ。
だが長老もそんな事は重々承知なのだろう、自分も一目無事な様子を見たいだろうに子供のことを慮るとは、ワシの中で長老の株がぐんと上がる。
「それでは行こうか」
「んむ、しかし、随分と早く戻ってきたが、長老の家は近いのかえ?」
「いや、車を借りてきた」
「ほう、車のぉ」
この家にたどり着く前にはリヤカーらしきものを引いている者は居たが、馬車などに類するモノは見なかった。
馬などの動物特有の臭いも無かったので、もしかしたら機械仕掛けの車なのかとワクワクしながら、奥さんに別れを告げて案内するドワーフの後についてアパートの外に出る。
そしてアパートの前に止まっている車とやらを見て、ワシは全身の毛を逆立てる。
「さぁ、乗ってくれ、貴女には少し小さいかもしれないが……」
「こ、これに乗るのかえ?」
「いや、後ろの荷台に、あぁ、この子は苔を食べる種類だから人を噛むことは無いよ」
ワシが慄いているのを勘違いしたのか、ドワーフがにこやかに、まるで愛馬を撫でるかのように手を置いているのは、仔馬ほどの大きさもある巨大な蜘蛛。
見た目は真っ青なタランチュラに近いだろうか、それに馬車に繋がれた馬の様に馬具、いやコレの場合は蜘蛛具だろうか、それで繋がれ大人しくしている様は確かに飼いならされているとよく分かる。
「ふぅむ、うちのもこんなに可愛いのにこれを嫌がるんだが、死者の国の人も嫌がるのか……」
「そ、そうじゃな、ワシは苦手じゃのぉ」
「しかし、歩くとなるとそれなりに距離があるが」
「いや、厚意を無下にするのは悪いからの」
若干蜘蛛を遠巻きにしながらワシは荷台に乗り込み、御者台にドワーフが鎧を着ているというのに意外にもひらりと軽い身のこなしで座ると馬と同様に、手綱をぴしゃりと響かせて馬車ならぬ蜘蛛車がゆっくりと長老の家へと向かい歩きはじめるのだった……




